macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

気象学における科学コミュニケーションのありかた (日本気象学会シンポジウム)

日本気象学会のシンポジウム「気象学における科学コミュニケーションの在り方」が2014年5月23日に開かれた。(シンポジウム企画者による予告ページがここにある。https://www.facebook.com/events/251398138344803/ TwitterのまとめがTogetterのここにある。http://togetter.com/li/670932。)

江守正多さんの話については[別記事]に書いた。ここではおもにそれ以外のことを述べる。

シンポジウム全体として何かまとまった議論をしようというものではなく、「科学コミュニケーション」という主題に関する多様な事例をあわせて示す、いわばバラエティ・ショーになっていたと思う。

科学コミュニケーションといってもいろいろな立場があるが、ここでは、専門家から専門外の人へ科学的知見や観点を伝えることが中心になっていたと思う。「普及啓発」という用語が出てきて、話題の全部ではないが主要な部分になっていた。ここでは、専門外の人の応答や感想が専門家に伝えられ、科学コミュニケーションのしかたに影響を与える、という意味での双方向性はある。しかし、専門外の人から専門家への強い働きかけによって、研究課題のたてかたなど科学にとって根本的なところに影響を与えるような状況までは視野に含まれていないように思われた(江守さんの話には潜在的には含まれているとは言えるが)。討論のときの聴衆からの発言のうちに、科学のありかたにかかわりうるものがあったが、企画メンバーが予期していなかった話題だったため、それについては実質的議論ができなかったと思う。しかし「普及啓発」も必要なことなのであり、気象学会の中でその方面への関心を高める機会にはなったと思う。

バラエティ・ショーとしての主役は明らかに「Dr. ナダレンジャー」だった。わたしは防災科学技術研究所とも雪氷学会ともつきあいはあるので、その存在は前から聞いていたが、本人を見るのは初めてだった。なだれ、地盤の液状化地震に対する建物の共振などの現象について、手荷物で持ってこられる小道具で(聴衆の中からさわる人をつのるとか、もっと大がかりな実験の映像を併用するとか、いろいろなくふうがあるのだが)、みんなの関心をひきつけてしまうのはたしかにすごい。

ただし、シンポジウムの日程では、この実演と他の人の講演のあとあらためて、ナダレンジャーの中の人、納口(のうぐち) 恭明さんの講演となっていたのだが、ここで主催者が納口さんの再びの変身を認めてしまったので、ナダレンジャー・ショー第2部になってしまった。おそらく本人のいうとおり納口さんはナダレンジャーに変身すれば陽気だが素顔では寡黙になってしまう人なのだと思うし、それを企画グループが事前に読めなかったのもしかたがなかったかとは思うが、あと知恵で言えば、この部分はインタビューの形で納口さんの考えを引き出したほうがよかったと思う。

ともかく、実演のあいまや、質問への答えでの、納口さんのことばを聞いて、わたしは次のようなことを学んだ。

  • 大規模に起これば災害となりうる現象と同じしくみで、規模を小さくしたり、軽い材料を使ったりして、人に危険がない実験のしかけを作ることができる。それはおもちゃのようなもので、多くの人におもしろいと思ってもらえる。
  • 防災の普及啓発では、自分から防災に関心をもっていない人にも関心を持ってもらう必要がある。たとえば学校では先生が防災教育をやることを決めて生徒は受け身であることが多い。このとき、おもしろいと思ってもらえる材料が役立つ。
  • ほんとうに危険な現象に近づかないようにという警告も必要。
  • 小さいところから始めて少しずつ大きくしていくと、基本的に同じ現象でも規模によって実感が違う。そして、もっと大きな規模で起こることを説明すると、こわさが伝わりやすい。

岩谷(いわや) 忠幸さんは、テレビの天気キャスターをしてきた。また岩谷さんは「気象キャスターネットワーク」というNPOでも活動している。気象を中心とする地球科学・環境・防災の話題に関する知識普及啓発活動をしている。公共部門のほか企業のCSR活動などを資金源としていて、その関係で話題は地球温暖化関係が多いそうだ。

岩谷さんは、天気に関する科学情報がマスメディアでどう伝わるかを論じた。正確さとわかりやすさが両立しがたいことがある。専門家は正確さを重視するが、報道メディアはわかりやすさを求める。

  • 報道メディアは専門用語を避ける。たとえば降水確率も正しく理解している人は必ずしも多くないので定型的にそれを伝える場面以外ではあまり使わない。テレビは子どもも見ているので、小学校5年生ぐらいで理解できる用語がよいとされる。
  • 他方で、ニュース性のあるキーワードは、耳慣れないものでも積極的にとりあげることがある。実際には複雑な現象が、ひとつのキーワードで説明がつくかのように表現されることがある。

このために専門家の発言がゆがんで伝わってしまうことがある。

さらに、報道メディアの側で結論を想定し、専門家にそれに合うコメントを言わせようとすることがある。岩谷さんはこれはまずいとし、専門家側に注意を呼びかけていた。

マスメディアでもいろいろな性格のものがある。テレビ番組で天気を扱うのは、報道番組(ニュースの中での天気予報など)と、情報番組(わたしの理解ではいわゆる「バラエティ・ショー」のたぐい)がある。

  • 報道番組は、わかりやすさとともに正確さも重視はするが、時間が短い。ひとつの話題に2分、その中での専門家コメントが15秒、というような時間規模。
  • 情報番組は、時間には余裕があるが、おもしろさを優先し、正確さが必ずしも尊重されない傾向がある。

ここで岩谷さんは、報道番組にコメントする専門家だけでなく一般に、言いたいことの要点を15秒程度で誤解しにくい形で伝えられるようになっておくのがよい、と言い、聴衆に、それぞれ隣の人と一問一答する試みをさせた。

岩谷さんの話にも江守さんの話にも直接は出てこなかった話題だが、江守さんの話に名まえは出てきたStephen Schneider (シュナイダー)さんは、報道メディアに発言が短縮引用されて意図と違った趣旨が伝えられてしまった経験を何度もしている。Schneiderさんから専門家への勧めは、あらかじめ長めの文章を書きとめておき、誤解されて伝わったときはそれを示せるようにしておくことだ。そのようなものを置く場としても、岩谷さんが話題にした次の構想のようなものが実現するとよいと思った。

気象予報士と研究者の共同による気象情報および研究アウトリーチウェブの創設」という構想が、去年の気象若手研究者交流会で出たが、まだ実現に至っていないそうだ。実際にどんな運営体制になるかにもよるが、場合によっては、わたしの情報発信活動のうち気象関係のものは、それに合流させたほうがよいのかもしれないと思った。