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労働契約法問題、国の予算による研究事業での雇用の持続性を高めるために

2007年に成立した労働契約法が2012年に改定された。その主要な改定点は(厳密ではないが大まかに言えば)、期限つき雇用で同じ法人に5年を越える期間雇われている労働者に、無期限雇用への転換を求める権利が生じることだ。この改定の趣旨は、雇用の持続性を高めたいということにちがいない。しかし、趣旨とは逆に働く可能性が指摘されている。労働者を無期限に雇い続けられるだけの財源の見通しがない使用者の立場になれば、無期限化の権利が生じるのを予防するために、雇用契約をあらかじめ「4年まで、それ以上の更新は絶対にない」という形にしたいと思うのは当然だろう。これを「脱法行為」として非難するだけではものごとは進まないと思う。

この問題は民間企業でも起こりうることではあるが、国(地方自治体も同様だが「国」で代表させて述べる)の予算によって提供される資金で行なわれる研究的業務の場合に、避けがたくなる。(なぜそうなるかについては思いあたる要因が複数あるが、追って別に書くことにしたい。) これにあてはまる使用者は、ほとんどの場合、国自体ではなく(したがって労働者は公務員ではなく)、独立行政法人国立大学法人、学校法人、公益法人などである。 以下、(一般的でなくここでの仮の用語として)「公的法人」と呼ぶ。資金提供は業務委託の場合と補助金の場合があり、また事業担当者が競争的に選抜される場合と政策的に決められる場合があるが、雇用に関する問題は共通だと思う。

労働契約法改定の説明でたびたび述べられているように、改定された労働契約法18条で求められている無期限雇用は、必ずしも日本の従来の雇用慣行でいう「正社員」にすることを意味しない。「正社員」の雇用契約では職務の変更(配置転換)について使用者側の判断に労働者が従うことが想定されていることが多いが、期限つき雇用の無期限化ではそれが想定されていないことが多い。そこで、使用者の法人が経営危機に至っていなくても職務がなくなったら解雇ができるような整理解雇ルールが必要になる。解雇の条件をあまりきびしくすると予防的に期限の短期化が起こるし、ゆるくすると労働者の権利がそこなわれるので、よく考える必要がある。継続雇用年数は新法施行後だけを数えればよさそうだから、実際に労働者が権利を要求するのは5年後になるはずだが、公的法人の場合、5年後に使用者の義務が生じてそれを果たせないという事態が生じることを予防しようという動機が強く働くので、今から対策が必要なのだ。

なお、法改定の説明によれば、「プロジェクト終了まで」という形の雇用契約の場合には無期限化の権利は生じないと考えてよいそうだ。しかし、わたしの知る限りすべて、公的法人の研究プロジェクトによる雇用は形式的には単年度契約である。予算額が確定するのが年度ごとであり、しかも経験的にほとんどの場合前年度よりも減額されるので、初年度に終了までの契約を約束することができないのだ。単年度ごとに更新がくりかえされるという点では法人本体の予算(独立行政法人では運営費交付金)による期限つき雇用も同じだ。(この場合雇用自体は複数年度契約でもよいはずだが、給料や勤務時間などの雇用条件の確定がむずかしい。) どちらも18条の適用対象外とするのはむずかしいと思う。

研究業務で働いているのは研究者だけではない。

ひとつの端の典型として、研究を主業務とする法人でも、会計などの事務の仕事や、コンピュータネットワークや建物設備の管理などの技術の仕事には、研究業務でもその他の業務でも必要とされる専門能力があまり変わらないものがある。あるいは、研究業務である限りは研究の分野が違っても共通なものがある。そのような職種の場合は、法改定の精神に従って、労働者が希望するならば無期限に切りかえるのが正しい方向なのだろう。実際、ある国立大学では期限つき雇用の事務職員を無期限に切りかえる方針を労働組合に示したと聞く。これが正しい方向だと思う。

反対の端の典型が、オリジナルな研究成果の著作物で勝負する研究者だ。研究者にも無期限雇用もあってもよいのだが、5年なり10年なりごとに関門があって審査に通った場合だけ雇用契約が更新されるというのが妥当なことが多い。(毎年関門があるのはあわただしすぎる。) 関門には他の候補者との競争に勝たなければならない場合もある。審査に通らなかった場合は雇用契約終了となる(現行制度のもとでは解雇ではない)。研究者の側から更新よりも終了(その多くは他の法人による雇用)を希望することもある。このような状況で、同じ法人が同じ人を雇い続ける場合は無期限雇用にしなければならない(労働者があえて期限つきを希望すれば別だが)という条件は、使用者にとってきびしすぎ、結果として研究労働者の雇用の継続性とともに研究自体の継続性をそこなうことになる。研究者は労働契約法のこの条項の適用除外にすべきだと思う。運用ではできず法の再改定が必要であれば、すぐに再改定案づくりを始めるべきだ。そして公的法人が研究者に雇用条件を提示する際には5年以内に再改定の可能性があることを想定するべきだ。

実際には両極端の中間の人が多いと思う。事務職・技術職として雇われている人のうちにも、その研究の学問分野や方法に特有の知識や技能が評価されて働いている人がいる。研究職として雇われている人のうちにも、直接研究成果を出すことよりも、チームの中の役割分担や、共同利用される機器やデータベースなどの維持・更新などで役にたっている人がいる。このような人たちについては、18条を適用して無期限化を進めること(ただし労使ともに納得する整理解雇ルール構築が必要)と、適用除外とすることを、個別に選べるようにするべきだと主張したい。

なお、これは若手研究者の問題でもあるが、若手だけの問題ではない。定年相当の年齢まで期限つき雇用をつないでいくことが想定され民間企業から引く手あまたというわけではない人をおおぜいかかえた専門分野もある。

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