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気象(天気)改変、天候改変(?)、気候改変

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これまでわたしは、気候改変(climate modification)を話題にするときに、これと気象改変(weather modification)とは、無関係ではないものの、別ものと考えたほうがよい、と言うようにしてきた。

ところが最近、地球温暖化対策としての「気候工学」(climate engineering)あるいは「ジオエンジニアリング」(geoengineering)、つまり意図的気候改変の問題にどう取り組むかを考える研究集会で、参加者による話題提供を聞いて、この両者の中間に位置づけられるものもあることに気づいた。気候改変と気象改変が同じことだというわけではないのだが、 連続分布するものごとの二つの部分と見るべきなのかもしれない。

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「気候」ということばの定義は一定していないが、ひとまず、気候も「天気」も、気温や降水量などの気象変数で表現されるものだという立場によってみよう。天気は1日ぐらいの時間規模をもつ。日本語で言う「気候」は10年の桁以上の時間規模をもつ(ただし季節は分けて認識される)。「気候が変化する」と言うときは、(定義ではなく例として)、気象変数のある30年の平均値と次の30年の平均値との間に有意な違いがあるような状況になっている。生物や人間社会に打撃を与えるのは長期平均値よりもむしろ極端現象なのだが、30年くらいの期間の極端現象の出現頻度が変わることと、平均値が変わることとは、伴って起きることが多いのだ。

日本語には「天候」ということばがある。「今年の夏は冷夏だ」というような、季節(数十日から百日)の時間規模の気象変数で表現できるものごとの、年々変動(数年の時間規模の変動)は、「天候の変動」というのが適切で、「気候の変動」だとはあまり言わない(次に述べるような英語などからの翻訳表現としては言うことがあるが)。気象庁で行なわれている年々変動の予測は「季節予報」と言い、「気候予測」とは言わない。しかし、英語ではこの時間規模の現象も climate に含まれる。アメリカ合衆国のNOAA (海洋大気庁) にはClimate Prediction Centerという部署があるが、その主要な任務はエルニーニョ現象などの年々変動の予測なのだ。

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政策課題となっている「気候変動」(climate change)または「地球温暖化」は、1節で述べた「気候が変化する」ことのうちで、人間活動に由来する二酸化炭素などの温室効果気体の増加による変化である。地球温暖化への人間社会の対応として、気候の変化に適応することと、原因となる二酸化炭素などの排出を減らすこと(専門用語で「緩和策」という)とが重要であることは明らかだ。しかし、それだけでは不足かもしれないので、温暖化を打ち消すような意図的気候改変(「気候工学」)の技術も持つべきではないかという考えが出てきた。これに対する賛否両論にはそれぞれもっともなところがある。

温室効果強化による気候変化(意図しない気候改変)は、時間的には、30年よりも長い規模で起こる現象である。空間的には、数値は一様ではないものの、世界のほぼどこでも地上気温が上がるという意味で、全世界一様に近い形で起きる現象である。(ただし降水・乾湿については、場所によって雨がふえるところもあれば乾燥するところもあり、一様とはほど遠い。) そこで、もしこれに対抗するために意図的気候改変をするとすれば、それは、30年よりも長い時間規模で、全世界という空間規模で、温暖化を打ち消す効果があるものが望ましい、と考えることが多かった。

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意図的気候改変(「気候工学」)のいくつかの提案のうち、技術的実現可能性がいちばん高いのは、太陽放射を地球が反射する割合をふやすために、成層圏にエーロゾル粒子を散布する構想だ。エーロゾル物質としては硫酸が想定されることが多い。これは、大きな火山噴火の際に自然に起こっていること([2015-11-11の記事]参照)と似ている。時間的には、成層圏にエーロゾルがとどまる時間規模は1-2年だから、なん十年にもわたって効果をもたらすためには1-2年ごとに散布をくりかえさなければならない。空間的には、熱帯成層圏のどこかにエーロゾルを入れれば全世界規模に広がって働きそうだ。エーロゾルが太陽放射をさえぎることによる直接的効果は、世界のほぼどこでも、地表に達する太陽放射が減り、地上気温を下げる向きに働くだろう。しかし、雲・降水におよぼす効果や、大気の力学を通じた間接的効果は、地域によって違い、たとえば、中緯度の大陸上に異常高温をもたらす可能性や、どこかに降水不足をもたらす可能性もあるが、予測困難だし、実際に起きた変化のうちどれだけがエーロゾル散布の影響であるかを判別すること(event attribution)も困難だ。

ひとまず直接的効果だけ考えてみる。仮に、世界平均で、温室効果の強化による地球のエネルギー収入超過を、太陽放射の反射をふやすことによって打ち消そうとすると、緯度別・季節別には過不足が生じる。熱帯と、温帯の夏で、冷やしすぎになり、寒帯と、温帯の冬で、冷やしたりないことになる。エーロゾルの入れかたを緯度別に調整すれば、過不足を減らせるかもしれないが、同じだけの平均の冷却をもたらすのに必要なエーロゾルの量は多くなるだろう。エーロゾル散布量を、どの緯度でも冷やしすぎにならない程度にとどめるほうがよいという判断もありうるが、そうすると世界平均の温室効果強化を打ち消すことは部分的にしか達成できない。ともかく、もし直接的効果だけが重要で、どのような害を少なくしたいのかに関する人類の合意ができるならば、最適になるように設計することはできそうだ。しかし、地域ごとに違うだろう間接的効果まで考慮した最適設計は、少なくとも今後数十年のうちには(もしかすると永久に)、できないだろうと思う。

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話はいったんとんで、気象改変に移る。英語では weather modification、日本語では(「天気改変」ではなくて)「気象改変」ということが多いと思うが、ここでも英語と日本語のどちらをもとに考えるかによって意味の広がりに違いがある。

気象の改変といえば、まず、森林を農地や都市に変えることなどの土地被覆改変による、地表面に近い大気の、温度、乾湿、風速などの変化があげられる。そのうちには、防風林や「風の道」などの意図的改変もある。しかし、weather modification としては、このような地表面に近い大気の状態の改変を含めることは少なく、対流圏(地表から高さ10〜15kmくらいまで)全層におよぶような大気の状態の改変をさすことが多い。意図しないweather modificationとしては、スモッグなども含まれることがある。意図的なweather modificationとしてとりあげられるのは、ほぼ、「雲の種まき」(cloud seeding)による「人工降雨」(rain-making)にしぼられていると思う。

「雲の種まき」とは、すでに雲ができていることを前提として、雲の中で氷の結晶ができるきっかけになる物質(「氷晶核」)を供給することによって、まず雪ができる(気温が高ければそれがとけて雨になる)形で進む降水を促進しようとするものだ。氷晶核に適した物質としては、ヨウ化銀(AgI)とドライアイス(固体二酸化炭素)がよく知られている。この技術開発は1950-60年代にアメリカ合衆国などでさかんであり日本でも実験がおこなわれたが、その後、アメリカや日本ではすたれている。(最近も、ときどき基礎科学的な野外実験が行なわれることがあるし、東京都が小河内[おごうち]ダムの上流にヨウ化銀をまく装置を維持していて2013年に動かしたことがあるが。) 中国、タイなどでは今も国などの公共部門の事業として実施されている。

「雲の種まき」に効果があるかどうか検証することは困難だ。種まきを実施して、ある場所にある量の雨がふったという事実があるとして、もしそこで種まきをしなかったらその雨になった水蒸気がどこに行っていたはずであるか、あるいは、どこでどれだけの雨がふったはずであるかを、根拠をもって述べることができない。シミュレーションによって述べようとしても、その議論にたえる精密さをもつ初期条件を観測によって与えることがむずかしい。たくさんの事例の統計によって述べようとしても、どの事例とどの事例で同等な雲が出ていたとみなすかの判断がむずかしい。

むずかしいなりに検証を試みた研究はあるはずだが、わたしは追いかけていない。専門家による一般的な解説を読んだ印象として、わたしは次のように考えている。種まきは、雲から雨になる過程をいくらか速める効果はあるのだろう。もしそうだとすると、たとえば、雲がダム貯水池の上流域にあるあいだに(風下に流されて流域外に出る前に)雨にしてしまうことによって水資源確保に貢献するという応用はありうるのかもしれない。(ただし小河内ダム流域は小さすぎ、東京都全部くらいの面積の流域をもつダムで有効になるのだと思う。) また、あるときある場所を晴れさせるために、風上側に雨を落として雨雲を解消してしまうという応用もありうるのかもしれない。(2008年の北京オリンピックのときに実行されたと聞いているが、その事例で有効だったかどうかは知らない。) 大気中にある汚染物質を早く雨にまきこんで落とすという応用もありうるのかもしれない。(ただし実際にどこに落ちるかまでは制御できないだろう。1986年のチェルノブイリ原子力事故のときに実行されたと聞いているが、その結果、たまたま雨が降った場所に汚染が集中し、その他の場所の汚染が減ったと考えられる。)

かつて、人工降雨は、地域の水資源をふやす技術として期待されたようだ。降水・蒸発のサイクルを速めることが可能だと思われたのかもしれない。しかし、今の知識で考えると、これは望み薄だ。残念ながらわたしはしっかり根拠をあげることができず大まかに述べるだけになるが、人工降雨は空間規模数百kmの地域の降水の総量をほとんど変えず、その内の時間的・空間的分配を少し変えることができるだけだと思う。上に述べたように、地域内で、雨を人が使っていない場所から使っている場所にずらすことができれば、いくらかの有用性がある。しかし、使っている場所どうしのうちでA地区からB地区にずらす(あるいは意図せずしてずれる)ことは、A地区の人々に資源を奪われたという不満をもたらしたり、B地区に多すぎる雨による洪水被害をもたらしたりして、紛争のたねになるおそれもある。また、個別の種まきの効果の時間規模は1時間の桁だから、ひとつの季節にわたって水資源をもたらすためには、何十回も、雲の状況をにらんで臨機応変に種まきをくりかえす必要があるだろう。人工降雨が「天候」改変の技術になることは、ありえなくはないものの、けわしい道なのだ。「気候」改変まではさらに遠い。

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さて、今回新しく認識した構想は、次のようなことだ。

もし地球温暖化対策として成層圏にエーロゾルを入れることが許容されるならば、その技術を、ある(空間規模数百kmの)地域で猛暑になっているとき、その夏・その地域に集中的にエーロゾルを散布する、という形で使うことも考えられるだろう。

これはいわば「意図的天候改変」である。ただし英語で言おうとすると、climateでは2-3節で、weatherでは4節で述べた件と混ざってしまいそうで、表現にくふうが必要だ。

長期的な気候変化である地球温暖化の年ごとの進行よりも、天候年々変動の極端現象のほうが、気象変数で見ても、被害との関係でも、明確なので、気候改変よりも天候改変のほうが政治的意志決定がしやすいだろう。国際的合意を待たずに、一国の判断で実行してしまうこともあるかもしれない。エーロゾルは国境でとどまらず、その外にも影響を与えるから、合意なしに実行されることは、国際的紛争のたねになる可能性もある。他方、エーロゾルは世界に一様に広がるわけではなく、比較的には散布した地域に強い影響が出るだろう。もし遠方の効果が地球温暖化対策として設計された成層圏エーロゾル散布の場合と同様であることが示されれば、一国による実施も国際的に容認される可能性もあるだろう。

このような考えがあることは、わたしはこれまで知らなかったのだが、おそらく、すでに文章になったものがあるか、ちかぢか発表されると思うので、わたしの議論は、それを見てから続けたいと思う。

ともかく、意図的気候改変を考えるならば、「意図的天候改変」の可能性もあわせて考える必要がありそうだ。