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気候感度についてもう少し広く考える

「気候感度」(climate sensitivity)については、[2015-07-15の記事]で簡単にふれたが、もう少し話題を広げて考えてみる。

「感度」は「敏感さ」であって、定性的なものかもしれないのだが、ここでは定量的な扱いができる場合に限ってみる。

気候に関する話題を広く考えると、「気候感度」は次の2つの違ったことを意味しうる。(日本語の文では、語がさししめす物どうしの関係が格助詞で示されるが、複合語を構成する際には格助詞がはいらない。そこで「気候が敏感」なのか「気候に敏感」なのかの区別が表現されず、内容のほうから推測するしかなくなってしまうのだ。)

  1. Xが気候に影響を与える。入力であるXが変わるのに対して、気候の状態がどれだけ変わるか。(気候がXにどれだけ敏感か。)
  2. 気候がYに影響を与える。入力である気候が変わるのに対して、Yの状態がどれだけ変わるか。(Yが気候にどれだけ敏感か。)

2のほうのYの例としては、たとえば農作物の収量があげられる。

ここからは、1のほうに限って考えてみる。
気候感度を考えるとき、必ずというわけではないが、気候の状態変数としては、全球平均地上気温をとることが多い。(以下「気温」と書き、文字 T であらわすことにする。)
また、これも必ずというわけではないが、定常応答([2015-07-15の記事]参照)を考えることが多い。つまり、入力の値がXであるときの定常状態の気温がTであり、入力の値がX+ΔXであるときの定常状態の気温がT+ΔTであるとき、ΔTをΔXに対する定常応答と考えるわけだ。

【[2015-07-24補足] 感度ということばから人々が直観的に考えるものは、定常状態の差ではなく、むしろ応答の速さのような、時間軸上の量の変化であることがふつうだと思う。外部条件が変わるにつれての時間を追ったシステムの応答(いわゆる過渡応答 transient response)を扱う研究例はいろいろあるのだが、それぞれに違う数量を扱うので、「(過渡応答の)感度」といえばこれこれの数量を表わすという共通概念はできていない、と、わたしは認識している。】

そこで、気候感度の数値表現としては、まず ΔT/ΔX が考えられる。
実際、Xとして放射強制[力] ([2012-06-06の記事]参照、単位 W m-2)をとった場合は、感度をΔT/ΔX [単位 K/(W m-2)]であらわすことがある。

また、ΔXをXの代表値で割って相対変化の形にすることもある。
阿部・増田(1993)の1.3節ではRamanathan and Coakley (1978)による気候感度を紹介したが、この場合、Xにあたるのはいわゆる太陽定数([2012-04-29の記事]参照、単位 W m-2)である。そして気候感度はΔT / (ΔX / X) あるいは X ΔT/ΔX のような形で定義されている。この場合、XとΔXの次元が打ち消しあうので、気候感度の次元はΔTの次元[単位 K]となる。ただし、この意味での気候感度の値が、(たとえば) 120 Kになるとすれば、「太陽定数が(その)1%だけふえると、気温が1.2℃だけ上がる」のような表現のほうが感覚的にわかりやすいだろう。

二酸化炭素濃度に対する感度を考える場合には、ふつう、二酸化炭素濃度倍増に対する定常応答をとりあげる。つまり、二酸化炭素濃度がXであるときの定常状態の気温がTであり、二酸化炭素濃度が2Xであるときの定常状態の気温がT+ΔTであるとき、ΔTを気候感度という。これは、これまでの詳しいモデル計算による経験から、定常応答は二酸化炭素濃度の対数にほぼ比例することがわかっているからだ。これが比例するという近似のもとでは、出発点の濃度Xが何であっても、倍増に対する応答は同じになるのだ。ΔTは温度差なので、単位は K としても℃としても同じことである。

地球温暖化の文脈では、おそらく2000年ごろ以後、「気候感度」といえば二酸化炭素倍増に対する定常応答をさすのがふつうになった。ただし、現実の地球の気候について言う場合と、気候モデルについて言う場合がある。

気候感度と地球システム感度
二酸化炭素濃度倍増に対して応答するシステムには何が含まれるのか、という問題がある。
気候感度を論じる場合は、ふつう、大気・海洋の温度とともに、水蒸気、雲、積雪、海氷なども変化しうるシステムを考える。水蒸気の温室効果や、雪氷のアルベド効果は、それぞれ正のフィードバックとなり、それがない場合に比べて感度を高めることになる。
他方、氷床や植生(森林・草原など)の変化は含めないのがふつうである。これらは、水蒸気・雲・積雪・海氷に比べて変化が遅いサブシステムなので、ひとまず固定して考えるのだ。これらの変化も含めたときの定常応答を、気候感度と区別して「地球システム感度」のように言う人もいる。
しかし、氷床や植生の変化を考えるべき状況では、現実には二酸化炭素濃度も変化するだろう。「地球システム感度」を評価するうえでは、これをどう考慮に入れるかがむずかしい。[これが従来の研究でどのように扱われているか、わたしはまだおさえていない。]

文献

  • 阿部 彩子, 増田 耕一, 1993: 氷床と気候感度 - モデルによる研究のレビュ−。気象研究ノート, 177号, 183-222.
  • V. Ramanathan and J.A. Coakley Jr., 1978: Climate modeling through radiative-convective models. Reviews of Geophysics and Space Physics, 16:465-489.