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AGU B34E, B41H: 生物圏と大気の窒素循環

AGU Fall Meeting [12月10日の記事1参照]から。

The Bioatmospheric N Cycle: N Emissions, Transformations, Deposition, and Terrestrial and Aquatic Ecosystem Impacts」のセッションは、B34EB41Hの口頭発表合計16件と、B43Fのポスターセッション(わたしは見に行かなかった)にわたっていた。この主題でのセッションは10年めだということだった。話題は陸域・陸水の窒素循環全般にわたっていたが、題名のとおり生物圏と大気との間の交換が中心となっており、燃焼起源の窒素酸化物の沈着とその水質や生態系への影響、農業・畜産起源および(それに比べれば少ないが)自然植生起源のアンモニアの大気への放出、植物による窒素のとりこみとそれの炭素のとりこみへの影響、土壌微生物の窒素代謝などにわたる話題があった。

アメリカ合衆国では一国規模の窒素循環の統合報告書が2つ出ていることはすでに知っており、PDFファイルも見ていたのだが、それぞれをまとめた人の話を聞いてよりよく理解できた。

Davidson (Woods Hole Resarch Center)の発表は、International Nitrogen Initiative(国際窒素イニシアチブ, http://www.initrogen.org )のReactive Nitrogen Research Coordination Network (RCN)という活動のうち北アメリカ地域センター(http://nitrogennorthamerica.org)の取り組みによって、アメリカ合衆国の国家気候アセスメントに向けて提出した報告(Suddick and Davidson 2012)の紹介だった。その要点はSuddickほか(2012)の論文の形でも出ている。

報告書の第1章は要約で、第2章からは次のようになっている。(箇条書きの上位は各章の表題、下位は講演で指摘されていた話題)

  • (2章) アメリカ合衆国の窒素インベントリ、各経済セクターの窒素利用効率、窒素と気候の組み合わせによる全国のリスク
    • 人為起源の窒素のうち2/3は国内の人工窒素固定による。そのうちの1/3は製品(農作物など)に含まれ、2/3が環境に出ていく。
  • (3章) アメリカ合衆国の窒素循環の人為起源改変の、放射強制への効果
    • N2Oは正、炭素吸収は負、オゾンは正、エアロゾルは負に効く。正味の効果は20年ではどちらかといえば寒冷化、100年では温暖化と見積もられる。
  • (4章) 農業のなかでの気候と窒素の相互作用
    • オゾンの作物への害、栄養利用効率、アンモニア放出(温度依存性がある)など多数のプロセスがある。肥料として適切な物質を適当な量だけ適当な時・ところに与えることが重要。
  • (5章) 人為起源の窒素負荷と気候変化との相互作用の、アメリカ合衆国の水圏生態系への影響
    • 窒素負荷の変化と気候変化の両方で、窒素の滞在時間が変わる。気候の乾湿は水流による負荷の搬出量を変える。また脱窒速度も気候の影響を受ける。
  • (6章) 窒素、気候、生物多様性
    • まだ研究が進んでいないが、窒素負荷と気候の両方の変化によって植生景観が変わりうる。火事も関連する。
  • (7章) 窒素と気候の相互作用の、大気汚染および人の健康に対するかかわり
    • 大気汚染には窒素酸化物、粒子状物質、オゾンがあり、火事や花粉も関係する。同じだけの窒素酸化物があると温暖な気候ほど多くのオゾンができる。
  • (まとめ)
    • 複数の環境ストレスの相互作用がありうる。
    • 窒素の利用効率を上げ、排出を減らすことは、多重の便益がある。

文献

  • E.C. Suddick and E.A. Davidson, eds., 2012: The Role of Nitrogen in Climate Change and the Impacts of Nitrogen-Climate Interactions on Terrestrial and Aquatic Ecosystems, Agriculture, and Human Health in the United States: A Technical Report Submitted to the US National Climate Assessment. North American Nitrogen Center of the International Nitrogen Initiative (NANC-INI), Woods Hole Research Center, Falmouth, MA, 02540-1644 USA. http://nitrogennorthamerica.org/pdf/NxCC_NCA_report_2012.pdf
  • E.C. Suddick, P. Whitney, A.R. Townsend and E.A. Davidson, 2012: The role of nitrogen in climate change and the impacts of nitrogen-climate interactions in the United States: Foreword to thematic issue. Biogeochemistry, DOI 10.1007/s10533-012-9795-z . http://nitrogennorthamerica.org/publications.html にPDFファイルへのリンクがある。

また、Boyer (Penn State大学)の発表は、EPAのScientific Advisory Boardの下に作られたIntegrated Nitrogen Committeeが2011年に出した報告に関するものだった。これは、環境中の過剰な反応性窒素によって起こされる問題を管理するための科学的見通しを得るために、アメリカ合衆国の反応性窒素の収支と流れを解析したものである。この結果は上記のアセスメント報告書にも取りこまれている。

文献

科学的な課題としては、硝酸イオンの窒素15と酸素18の両方の同位体比を見る研究の報告が4件続いた。2つの同位体の組み合わせが環境のどの部分ではどのような値をもつかの概略はすでにわかっており(Kendallほか, 2007)、窒素の起源を知るために使われている。現在の難問は、脱窒過程での同位体比の変化の解釈である。脱窒菌だけを室内培養すると脱窒に伴うδ18Oの変化とδ15Nの変化は1:1になる。ところが野外の地下水を追いかけるとδ18Oの変化とδ15Nの変化の比率はむしろ2:1に近い。この違いの原因として、脱窒と逆に硝酸イオンを作る反応(硝化あるいはアナモックス)が進行しているという考え、鉄イオンの2価から3価への酸化を伴う硝酸イオンからアンモニウムイオンへの還元が起きているという考えなどが提案され検証の試みがされていた。
文献

  • C. Kendall, E.M. Elliott and S.D. Wankel, 2007: Tracing anthropogenic inputs of nitrogen to ecosystems, In: R.H. Michener and K. Lajtha (eds.), Stable Isotopes in Ecology and Environmental Science, 2nd edition, Blackwell Publishing, Chapter 12 (p. 375-449).