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労働契約法改正の趣旨はもっともだが任期制研究労働者には抜け道が必要

労働契約法の改正案が閣議決定されたそうだ。

労働契約法:有期雇用の処遇改善 5年超で「無期」に転換
毎日新聞 2012年3月23日 13時47分(最終更新 3月24日 14時02分)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120323k0000e040239000c.html

この報道よりも詳しいことをわたしはまだ調べていないのだが、この報道によれば、趣旨は「パートや契約社員など働く期間が決まっている有期契約労働者が、同じ職場で5年を超えて働いた場合、本人の希望に応じて期間を限定しない雇用に転換できる、とする」というものだそうだ。

1990年ごろから、日本社会全体として、雇用があまりに不安定になっているので、続けて働きたい人を続けて雇うことを保証しようという政策の方向はもっともだ。

しかし、国の予算による研究事業に従事している人(研究者も含むが技術職・事務職も含む)の多くが5年以内の任期制雇用になっている。研究事業自体が5年くらいまでの期限つきで予算がついたもので、それを引き受けた機関(独立行政法人であることが多い)がその期限よりもあとも人を雇い続けることができないので、事業の期限で任期が切れる約束になっていることもよくある。法人本体の予算で雇われる職員もかなりの部分が任期つきだ。独立行政法人の運営費は5年ごとに中期計画に対応してつけられ、中期計画は毎回新機軸を打ち出すことを求められるので、どこかの部門をスクラップ・アンド・ビルドしなければならないことが多い。スクラップを可能にするために、また国がスクラップだけ認めてビルドを認めなかったりして運営費が削られた際に労働者への約束不履行にならないために、多くの職員を任期つきで雇っている。(「譜代」の部門には無期限雇用の人も多いが「外様」の部門は全員任期つきという差別があることもある。)

そういうところの職員の職の先行き不安が、内閣からトップダウンに法人統合の指令が出たことによって高まったことは、[1月16日の記事]で述べた。

今回の労働契約法改正が無条件に適用されると、もっとひどいことになりそうだ。

すでに、派遣労働に頼っている事務系の職種について、一方で(選考のうえ)正規職員として採用する道を開いてはいるけれども(ただし任期つきなのでまさに今回の問題の対象になる)、正規職員のための人件費を捻出できない場合は、同じ人に3年続けてもらうと労働法上正規職員にすることを要求されるかもしれないので、予防的に派遣契約は2年までとするということが起きている。事務のサービスを受ける研究者にしてみると、2年ごとに新しい人に仕事を覚えてもらわなければならない。

この前例からすると、そして独立行政法人の(おそらく職員個人個人にしてみればそうでない人が多いにもかかわらず)仕事内容がうまくいかないことよりも違法であるおそれのあることをおそれる事なかれ体質からすると、5年以上の契約にすると労働法上は無期限契約を求められたら雇用主は従わなければならないが、財源がない場合にはだれも責任をとれないので、あらかじめ雇用契約を「4年で終わり更新なし」としておこう、ということになりかねない。

この労働契約法改正の件は、togetterでも話題になっていたが、そこではポストドクトラルフェローおよび若手大学教員の問題とされていた。「5年以内の任期つきを2つ(別々のところで)くらいやったら無期限の職につける人だけが学者として生き残り、あとの人は別の業界に出ていくのが当然だ」というような意見もあった。しかし、分野によっては、「今後20年くらいは雇用はありそうだが、それは国による5年刻みで名目上新規まきなおしの事業になるにちがいない」という状況のところもある。新事業を請け負う法人が旧事業と同じところになることも充分ありうるが、それでもし労働契約法改正がしゃくし定規に運用されてしまうと、法人は5年未満の期間ごとに新しい人を雇わなければならず、せっかく経験を積んだ人が関連の深い仕事から排除される、ということになりかねない。同じ事業を請け負う能力のある法人どうしの統合が重なるとますますひどいことになる。

【同分野の研究が外国でも行なわれていて、本人が英語で仕事をする訓練ができていれば、転職先は外国ということになるだろう。外国の政府機関職員に迎えられることや研究のできる大学のtenure trackに乗ることは野球の大リーグ選手になるぐらいむずかしい。多くは、期限つき政府事業の下請け研究を主要業務とする中小企業や大学の外郭団体などにひとまず任期つきで雇われて、次の職をねらうことになるだろう。日本の独立行政法人も、そういう会社と同格なマイナーリーグとみなされるわけだ。】

狭い意味の研究職については、終身雇用を保証するよりも、業績を評価して継続するかどうか決めたほうがよい、という考えもあり、若手だけでなく大部分を任期つきにした職場もある。そういう場合は、今回の法改正の対象からはずすべきだろう。

他方、技術職や事務職の場合、あるいは研究職ではあっても本人をよその研究職に売りこめるたねになる研究論文を書くことにつながりにくい仕事をさせる場合は、本来は法改正の趣旨どおり続けて雇うならば無期限雇用にするべきなのだが、財源が公的部門の期限つき予算に依存している場合には個別的に「任期つきの継続」という例外で勘弁してもらうしかないと思う。

あるいは、国の事業の委託先を独立行政法人ではなく民間会社、ただし研究に従事する労働者を無期限に雇い続けるリスクを負ってくれる会社にする、そして国はその会社の適正利潤を含めた額を払う、というのがよいのかもしれない。(独立行政法人の制度が提案されたときの筋としては、そういうものこそ独立行政法人だったはずなのだが。)

また別の考えかたとしては、研究労働者というものは4年働いたら1年は失業するのが正常だということにして、4年働けば5年生活できるだけの給料が出るようにし、また、失業中の人についても、たとえば組合のような形で、学会活動や研究費申請などができる身分を確保する、という制度設計もあるかもしれない。