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カチャタナパマヤラワ

10年ほど前、タイ語の初歩を勉強しようと思った。もっとも、タイ語を話せるようになろうと思ったわけではなく、タイ語で注記された地図が読めるようになりたかっただけなので、実質、文字の読みかただけを勉強した。ただし、タイ語・日本語やタイ語・英語の辞書はひけるようになりたかった。慣れないとどれも似たように見える文字を見分けることもさることながら、単語をならべるための文字の配列を覚えることがかなめとなる。初めて知る文字の配列を暗記するのはとてもたいへんなのだが、幸い、日本語で育った人には手がかりがある。

タイ文字は仏教とともにはいってきたインド系の文字を起源としていて、その論理的構造を保っている。([2011年6月13日の記事「文明の言語と学術用語」]や、東京外国語大学(2005)、町田(2001)の本を参照)。日本に伝わっている梵字悉曇(たとえば静(1997)の本を参照)と基本的に同じ体系なのだ。と言っても仏教の修行をしたことのないわたしにとって、梵字の体系も初めて知るものだ。しかし、日本語の音節を一覧にした「五十音図」が梵字の体系を参考にしていることは聞いたことがあった。子音について「アカサタナハマヤラワ」、母音について「アイウエオ」という順序はそこから来ているのだ。タイ語の辞書の文字配列は、だいたい「カ、チャ、タ、ナ、パ、マ、ヤ、ラ、ワ」の子音がならんでいて、その後に「サ、ハ、ア」がくるようになっている。日本語の五十音図ができたころのハ行の発音は p あるいは f に近いものだったと言われているし、サ行もチャに近い音だっただろうという説がある。それを前提として、「カチャタナパマヤラワ」ととなえながら辞書をめくれば、アイウエオ順の国語辞典をめくる感覚を応用できるのだ。

わたしの理解の範囲で、もう少し正確に述べる。インド系の文字のアルファベットは基本的に子音を示す文字だ。ただし、独立では子音に a の母音がついた音節をあらわし、他の母音がついた音節は母音記号をつけて、子音だけが出現する場合はそのことを示す特殊記号をつけて表わす。本来のインド系文字の配列では最初に母音で始まる音節をあらわす文字がくる(日本語の五十音図はこれを引き継いでいる)が、タイ文字ではこれが失われて、代わりのものがあとに来ている。子音の配列は、まず破裂音と鼻音が組になった{カ、ンガ} {チャ、ニャ}{そり舌のタ、そり舌のナ} {タ、ナ} {パ、マ}がある。ただしこの破裂音はそれぞれ、無気音と有気音、無声音と有声音の4通りの組み合わせ[2011年9月11日の記事「北京をベイジンと読むべきか」参照]を含む。このあとに半母音とそのたぐい(y, r, l, w)、それから摩擦音のサ(のなかま)とハがくる。以上はサンスクリットの発音で、タイ語では実際の発音の区別は失われているが語源的に書き分けられている文字の組がある。タイ語と同系統の言語であるラオス語の文字は発音に合わせて統合された。

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