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「太陽活動と気候変動の関係」に関する名古屋ワークショップ(出席後の覚え書き)

10月9日の記事で予告した「太陽活動と気候変動に関する名古屋ワークショップ」という会合に出席した(講演者ではないが質問などはした)。印象が薄れないうちに覚え書きを残しておく。ただし、会合全体のまとめを意図したものではなく、わたしの印象に残った限りでのまとめである。

この会合が企画された背景として、IPCCに関する日本学術会議主催のシンポジウム(5月2日の記事で紹介した)があったことは確かだ。しかし、今回の会合は、科学と社会との関係を論じるものではなく、科学内に話題をしぼっていた。しかも、IPCC第1部会の主題である地球温暖化の科学的見通しとは当然関連はあるのだが、それを目標としているわけではなく、純粋科学的に太陽と気候とにはどんな関連があるのかを考えようという態度の発言が多かった。ただし時間スケールが最大千年程度と地球史的な意味では短いところにしぼられていたことにはIPCC関連の話題から始まった影響があるかもしれない。

温室効果気体の増加による地球温暖化の見通しに対する懐疑的発言は少なかった。赤祖父俊一さんは、気温の上昇や氷河の後退などは1800年ごろから今まで直線的に続いており「小氷河期からの回復」ととらえられるのでCO2の役割はIPCCが言うほど重要ではないという持論を述べていた。「小氷河期からの回復」の原因としては太陽活動を示唆していたが、具体的なしくみについてはあいまいだった。他にも、他のところではCO2の役割について懐疑的な発言をしている講演者もいたが、この会合では話題にしていなかったようだった。
ただし、参加した多くの人が、気候変化に対する太陽の変動の役割の相対的重みはまだよくわかっておらず、これからの研究で理解が変わってくると考えていると思う。

それにしても、20世紀後半には太陽活動はどの指標で見ても強まっていないので、1970年代以後の温暖化を太陽で説明することには無理がある。ただし20世紀全体としては過去数千年のうちで異常に太陽活動が活発な時期なので(草野完也さんの講演より、その根拠はUsoskin, Solankiほかの炭素14の解析)、気候システムが50年よりも長い時間スケールで応答するとすれば、まだ太陽はいくらか温暖化向きに働いているという考えもありうるかもしれない。

大きく分けて、3つの学問コミュニティの人がいた。
ひとつは気象学コミュニティの中で太陽の変動の影響を考えている人たち。太陽エネルギーはほぼすべての気象現象の原動力だが、気象学の話題では太陽から出てくるエネルギーは一定とみなされることが多いので、気象学コミュニティのうちでは太陽の変動を議論する人はわりあい少ない。
ふたつめは自称「太陽地球環境科学」または「太陽地球系科学」の人たち。気象学が扱うところよりもさらに高層の希薄な大気や、地球のまわりの磁気圏、惑星間空間などを対象とする。こういう領域で起こる現象は明らかに太陽の変動、とくに太陽の磁場の変動の影響を受けている。それが下層の大気にも影響するにちがいないと考える人も多い。
もうひとつは同位体を使って過去の環境の復元推定をしている人たち。炭素14ベリリウム10は他の核種に宇宙線があたって作られるが、地球に達する銀河宇宙線は太陽磁場の影響を受ける。木の年輪や氷床のコアサンプルなどを使って、古気候指標と、宇宙線を経由した太陽活動の情報との関連を論じることができる。
この3つの集団は、地球科学とまとめれば同じでも、いっしょに集まって議論することは少なかった。今回の会合は異分野交流の機会だった。

太陽の変動が気候に影響を与える道筋は、大きく分けて、電磁波(光)のエネルギー流によるものと、磁場および荷電粒子(おもに陽子)の流れによるものがある。

電磁波のうちで、まず全太陽放射(いわゆる太陽定数)は、1978年11月以後の人工衛星による観測によれば、約11年の黒点周期に伴って変動し、黒点の多いほうが多い(黒点自体は射出するエネルギーが少ないのだが、黒点の多いときは白斑という明るい部分も多いので)。しかしこの変動は全太陽放射自体の±0.1%程度にすぎない。黒点がほとんどなかった17世紀のMaunder極小期の値については、Leanほか(1995)は他の恒星との類推によって現在よりもかなり小さい値を推定したが、その後、他の恒星のデータの見直しなどによって、推定値はもっと現在の値に近くなってきた。この道筋からは、シグナルとして検出できる気候変化が起こるとは考えにくい。(なお、Leanほか(1995)の推定を使った気候モデルの20世紀再現実験による太陽の効果の評価も見直しが必要だ。)

同じ電磁波のうちでも紫外線部分は黒点周期に伴って3%から8%の変動をする。紫外線は成層圏のオゾンによって吸収されるので、紫外線の変動は成層圏の温度の変動をもたらす。(オゾンやその生成消滅にかかわる化学種の濃度の変動もあるがそこからの道筋はひとまず省略)。この主題で研究を続けている小寺邦彦さんから、これが対流圏にどんな影響を及ぼしうるかの話があった。成層圏の大気は対流圏の大気よりも質量が小さいので、成層圏の側から対流圏にエネルギーを与えるようなプロセスは考えにくいが、成層圏の大規模な温度や風の分布(両者は力学によって結びついている)が変わると、対流圏に源のある大気の力学的な波動の伝わりかたが変わるので、大気中の気圧の谷・峰の分布が変わり、気温にもある地域で高く他の地域で低い偏差が現われる。全球平均気温にも影響が現われる可能性はあるが、それは地域ごとの正と負の偏差を平均した残差にすぎないので、全球平均気温に注目した解析ではこのプロセスはうまくつかめないだろう。 [2010-11-20追記: この道筋に関する話題は、最近AGUのReviews of Geophysicsに出た次のレビュー論文にもある。L.J. Gray et al. (2010) "Solar influences on climate"]

太陽磁場の変動が影響を及ぼす道筋のひとつとして銀河宇宙線の変調がある。
宮原ひろ子さんは、本人も共著者である、日本の木の年輪の炭素14から宇宙線変動を、酸素18から湿度の変動を復元推定してその関連を論じた最近の研究(山口保彦ほか2010, Proc. Nat. Acad. Sci., doi:10.1073/pnas.1000113107東京大学大気海洋研究所のプレスリリース)を紹介した。黒点の見られなかったMaunder極小期にも周期的太陽活動はあり、気候指標はその単周期よりもむしろ倍周期つまり太陽磁場の逆転周期に応答していると見られる。地球周辺の磁場は太陽磁場の符号による非対称性があるので、それを介した太陽活動への応答と推測されるとのことだった。宮原さんはそのうちでも宇宙線を介するプロセスだとシグナルの形から判断しているようだ。わたしは、1点での気候シグナルの波形をあまり重視するべきではないと思う。山口ほか(2010)論文の共著者でもありIGBP-PAGESの委員もしている中塚武さんが今後の方向として述べていたように、多数地点の情報を合わせて空間分布をも見ていくことが大事だと思う。

宇宙線から気候への影響については、Svensmarkの説(Svensmark and Calderの本の読書ノート参照)がある。大気分子が電離したイオンがきっかけとなって雲凝結核となるエーロゾルがふえるというものだ。しかしその説のうち下層雲が重要という部分は正しくないようだ。まずSvensmarkたちが宇宙線(中性子モニター)と下層雲量との相関を示したデータ解析に疑問がある(大村纂さんは自分で解析したそうだ。わたしは雲量データに関するNorrisの指摘(上記読書ノート内の参考文献参照)があることを述べた)。しかし、大村さんによれば、上層雲ならば、観測データでの確認がむずかしいところだが、理論的には可能性がある。対流圏の最上部は、エーロゾルに乏しく、湿度が飽和に近い。また氷晶ならば小さい雲粒も大きい雲粒に負けずに成長できるので、微小な凝結核も有効になりうる。また、増田公明さんが紹介したロシアの宇宙線モニター観測の結果によれば、対流圏下層の宇宙線強度は太陽活動とあまり相関がないが、上層ならばある。なお、二次宇宙線を構成する主要な粒子は、下層ではμ粒子だが、対流圏上層では中性子だ。

太陽磁場の変動の影響には、地球をとりまく電流系の変動を介するものも考えられる。
高橋幸弘さんは、全球の雷のエネルギーおよびインドネシア付近の積雲の指標に27日周期を見つけ、それが太陽活動の極大期に明確なので、太陽の自転を反映したものと考えている。原因はしぼりきれないが、紫外線、宇宙線のほか、電流系も無視できないと考えているそうだ。

なお、わたしは窒素酸化物が重要ではないかという素朴な質問(10月22日の記事参照)をしてみた。柴田清孝さんによれば中層大気では可能性があるが硫酸に比べて硝酸は研究が進んでいないそうだ。またあとで松見豊さんに聞いたところでは、硝酸は液滴になりにくいので硫酸よりも重要性が低いと考えられているそうだ。

[ここから2010-11-19加筆]
情報が抜けるが、あえて簡単にまとめると....
太陽の変動は、20世紀前半まで数百年間の気候変動の外因としてはおそらくいちばん重要だ。20世紀後半および21世紀の見通しについては、全球平均気温変化の主要な部分を説明する要因ではないが、その副次的な要因としてどのくらいの割合をしめるかの評価は今後の研究で変わりそうだ。影響を及ぼす道筋は、紫外線、宇宙線、まだ未検討の磁場経由の効果が考えられ、どれが重要かはまだわからない。宇宙線の場合は、Svensmarkの言う下層雲ではなく上層雲が重要だろう。全球平均値や1地点のデータの時系列に注目するのではなく時空間分布を見ていく必要がある。