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力学 (dynamics) と 物理過程 (physical processes)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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記事カテゴリー「気象むらの方言」にふくめたが、これは「気象むら」 (気象学者や気象技術者の集団) 全体の方言ではなく、そのうちの、いわば「気象モデルむら」の方言である。数値天気予報モデルとか気候モデルの大気部分とかをつくる人たちと、そのモデルによるシミュレーションについて原因にたちいって議論する人たちが、「力学」 (英語では dynamics) と、「物理過程」 (physical processes であり、単に physics と言ってしまうこともある) とを、モデルの構成要素の大分類としてつかうことがあるのだ。

気象モデルむら以外の人がそれにならう必要はないのだけれど、気象モデルの出力データ、あるいは気象モデルに観測データをとりこんだデータ同化で得られたデータ (いわゆる「再解析プロダクト」をふくむ) の分類の名まえの要素としてつかわれていることがあるから、データの利用者も、知っておく必要が生じるかもしれない。

学問分類の常識からすると、力学は物理の部分、しかも、かかせない部分のひとつだろう。ところが、気象モデルやさんの方言では、力学と物理とが対立する項目としてとらえられている。

物理学を、力学と、それ以外の分野にわけて、力学以外の分野を「物理」とよんだのだ、とすれば、いちおうすじはとおる。しかし、内容にいくらかたちいって考えると、単純にそうではない。たとえば、熱力学の第一法則 (エネルギー保存の法則) の計算は「力学」のほうにふくまれている。

応用数学でいう「力学系」 (dynamical system) は、おそらく物理の運動方程式に関する考察から発達した概念だけれども、いまでは対象を物理系にかぎったものではない。気象モデルの「力学」部分を、この意味での「力学系」としてとらえることはできるだろう。そうすると、「物理」と横ならびにすることも可能ではあるかもしれない。

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気象モデルの基本となる物理法則の方程式を、わたしなりに単純化して書いてみると、つぎのようになる。(いろいろな用語が説明不足だが、ひとまず、このブログの「気象むらの方言」のカテゴリーの記事や、気象学の教科書的文献で、おぎなっていただきたい。)

運動方程式 (水平2次元、単位質量あたりで記述する)

(速度の局所変化項) + (速度の移流項) = (気圧傾度力) + (コリオリの力) + (摩擦力)

熱力学第一法則を変形して、温度の変化の式にしたもの

(温度の局所変化項) + (温度の移流項) = (断熱変化項) + (熱源)

ここで、かりに「熱源」と「摩擦力」が既知だとして、大気を巨視的にみた運動方程式と熱力学第一法則 (および、ここでは省略した、質量保存の法則と、状態方程式) を連立させた体系が、気象モデル用語でいう「力学」だ。その問題は偏微分方程式の形にかくことができ、実際の計算には離散化が必要だが、離散化された形が微分方程式をどれだけよく近似しているかを精密に論じることもできる。

他方、「熱源」と「摩擦力」の数値をもとめようとすると、「力学」でとりあげなかったいろいろな因果連鎖をあつかう必要はある。そのおおくは、基礎となる物理法則はわかっている。放射過程のうち、 大気成分の分子による赤外線の吸収・射出ならば、量子化学。雲粒などによる光の散乱ならば、電磁気学。境界層過程 (地表面の影響) ならば、乱流理論 (ただし安定成層中の境界層は一様乱流では表現しがたい)。雲物理ならば、相変化と結晶成長の化学、粘性抵抗のある流体中での粒子の運動と併合の力学など。しかし、空間規模が数十キロメートル以上の大気についての数量を得ようとしたとき、それぞれの物理法則にさかのぼって精密な計算をすることは、実用的に不可能だ。もし計算機資源の面で可能だとしても、初期条件をあたえる観測情報が不足する。そこで、気象モデルのうちでのこの部分には、半経験的なモデル構成がかかせない。 「熱源」や「摩擦力」の値を 観測可能な数量をもとに計算する 経験式をくみこむのだ。 これを、専門集団内の用語で「パラメタリゼーション」(parameterization) という。気象モデルむらの方言の「物理過程」ということばは、だいたい、パラメタリゼーション、あるいはその対象となる自然現象 をさしている。

数値モデルの空間分解能が高まる (格子間隔が小さくなる) と、それまで「物理過程」として計算されていたものの一部分が、「力学」のほうにうつってくることがある。ちがうモデルの結果どうしをくらべるときは、この点に注意が必要なこともあるかもしれない。