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モーメント (moment)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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「モーメント」ということばには、なんとなく関連はあるものの、同じではない、いくつかの意味がある。

意味の共通点は「動き」だと思う。しかし、「動き」に対応する英語としては movement があるし motion もある。おそらく語源は同じで、分化した結果、moment は movement などとはちがった意味をになうようになったのだろうと思う。

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日常の英語の moment でまず思いあたる意味は、「瞬間」だろう。(これを日本語で「モーメント」ということはないと思うが。)

慣用句 "Wait a moment, please." は「しばらくお待ちください。」だ。この場合は「瞬間」よりは長いと思うが、短い時間をさしている。
【わたしは かぶき にとくに愛着がないのにもかかわらず、「しばらく」では有名な かぶき の場面を思い出す。もしこれを英語で演じるとすれば、"Wait a moment." だろうと思う。"A moment!" では通じないだろう...などと考えてしまう。】

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物理のうちの力学の用語に「力のモーメント」というものがある。

【わたしが少年時代に読んだ、たぶん1950年代に出た本では、「力の能率」という表現が使われ、「力のモーメントともいう」と書いてあった、という記憶がある。「能率」は独立して使われる場合とだいぶちがう意味なので、まずい表現だと思った。その後、「力の能率」という表現はあまり見なくなった。】

運動方程式は、「力 = 質量 × 加速度」で、加速度は速度の時間変化 (速度の時間による微分) だ。速度はベクトルだが、直進運動ならば進行方向の成分だけ考えてもよい。

回転運動の場合、「長さ/時間」の次元をもつ速度のかわりに、「角度/時間」あるいは(角度は無次元なので)「1/時間」の次元をもつ「角速度」を考える。このとき「力」のかわりに出てくるのが「力のモーメント」だ。これは、実際の力に、回転軸からの距離をかけたものだ。(少年時代に読んだ本で、この「回転軸からの距離」を「腕[うで]の長さ」と表現していたのを覚えている。)

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回転運動の力学では、「慣性モーメント」(英語では moment of inertia)というものも出てくる。運動方程式の「質量」のかわりに出てくるものだ。わたしは、いま、これを説明するゆとりがない。ゆとりができたら書くかもしれない。

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地震の規模をあらわす「マグニチュード」という量の決めかたにはなんとおりかあるが、最近ではそのうち「モーメント・マグニチュード」というものが重視されている。

これは「地震のモーメント」にもとづくものだが、最近までわたしはそれを漠然と「地震のエネルギー」の尺度の一種だと思っていた。井出(2017)の本の第2章を読んで、「地震のモーメント」は本来は「力のモーメント」なのだとわかった。物理量の次元は同じでも、仕事 (=力 かける その力で動いた距離) とはちがう。震源では回転力が働いている(ただし、ふたつの回転力が打ち消しあうので全体としての回転はおこらない)と考えられている。力のモーメントの見積もりのほうが、エネルギーの見積もりよりも精度よくできるので、尺度としてはそちらが使われている。

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記憶がさだかでなくて申しわけないが、統計学関連の用語で、「ある量の、それの平均値からの差」という構造の量を n 個 かけあわせたものの平均値を、「n次のモーメント」という (とわたしは記憶している)。たとえば、分散や共分散は2次のモーメントなのだ。

平均値からの ずれ を考えることと、力学で回転軸からの距離を考えることには、いくらかの発想の共通性はあると思う。しかし、同じ意味とみなすほど近くはないと思う。

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統計学関連の「モーメント」をわたしが覚えている文脈は、流体力学の乱流理論だ。わたしは1980年代、気象学の大学院生として、それを勉強した。

連続流体におきる渦運動の時空間規模は、無限に細かくなりうる。現実には原子・分子の規模による制約があるが、人が知ることのできるのはそれよりもだいぶ大きい時空間規模での平均量だ。

流体の運動方程式が正確にわかっているとして、その式に平均量を入れたのでは、平均量の変化を予測する正しい式にならない。運動方程式には速度どうしの積のような項があり、平均量の式には、「平均量からの ずれ どうしの積の平均」の項を追加してやらなければならないのだ。【乱流ではなく気象の文脈で書いたものだが、教材ページ[「渦(eddy)輸送」: 「積の平均」と「平均の積」の違い]参照。】「平均量からの ずれ どうしの積の平均」は、「2次のモーメント」だ。

もとの運動方程式にもとづいて、2次のモーメントを予測する式をたてると、そこには3次または4次のモーメントが出てくる。そのような手順を進めると、どんどん高次の(次数の大きい)モーメントが出てきて、とける方程式にならない。しかし、もし、高次のモーメントが無視できるか、低次のモーメントの関数として表現できるならば、そこで連立方程式を打ち切ることができる。これが、乱流を計算する専門家のあいだで、closure 問題と呼ばれていた。(日本語でもそのまま「クロージャー」だったと思う。)

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力学には、モーメントとはあきらかに同じ語源だが、あきらかにちがう意味で使われている、momentum ということばがある。日本語では「運動量」と言い、「モメンタム」などとは書かないが、英語まじりの会話ではそう言うこともあるかもしれない。なお、回転運動で重要になるのは angular momentum、「角運動量」だ。

(ラテン語由来の単語の語尾の「-um」は、あってもなくても同じ意味のこともよくあるのだが、この場合は区別しなければいけない、要注意の事例なのだ。)