【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】
【関連する記事 [2021-09-06 高校物理の学習指導要領の項目を学問体系中に位置づけるこころみ] を書きました。】
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わたしは、大学で、高校の理科の教員をめざす人のための教科の科目という性格をもった地学の授業を担当している。その授業でなにをおしえるべきか考えるために、高校でおしえる内容に関心をもっている。また、現代の世界に生きる人は、ある程度の科学知識を、共通の知識基盤としてもつべきだと考えており、高校でも大学 (専門教育以外) でもおしえられる知識の量にはかぎりがあるから、かならずえらぶべき項目について、おおくの人の共通理解があるとよいと思っている。
高校の学習指導要領が、2018年3月に告示され、2021年4月から実施予定ときいている。指導要領の文書は、文部科学省のウェブサイトからPDFファイルで公開されている。
- 平成29・30年改訂 学習指導要領、解説等 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm
- 高等学校 学習指導要領 (平成30年告示) [PDF] https://www.mext.go.jp/content/1384661_6_1_3.pdf
ここではこれを「次期」とよび、そのまえの、現在つかわれている教科書の根拠になっている版を「現行」とよぶことにする。
現行でも次期でも、高校の理科の科目編成は、物理、化学、生物、地学の4分野にわけられたうえで、たとえば物理の分野は、「物理基礎」と「物理」の2科目にわけられている。「物理」は、「物理基礎」の上につみあげられる、相対的に上級の科目なのだ。「物理基礎」と「物理」の両方をあわせたものについてのべようとすると、「物理」という科目との区別がとてもわかりにくい。文部科学省自身、科目名を英語で表現する際には (平成30年改訂高等学校学習指導要領 教科・科目名 英訳版(仮訳)https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1417513.htm ) 、たとえば「物理基礎」を Basic Physics、「物理」を Advanced Physics としている。このブログかぎりの約束として、「物理」という科目を、Advanced Physics から逆に訳して、"物理上級" と表現することにする。ただし、正式な科目名でないことを明示するために、引用符を、日本語文でふつうの かぎかっこ とはちがうものにしておく。ここ以後、わたしの文中の「物理」「地学」などの表現は、かぎかっこのあるなしにかかわらず、指導要領の科目に分割されない学問分野をさすことにする。
わたしは、2018年2月に、次期学習指導要領の意見募集(パブリックコメント)のための案のうち、地学 (「地学基礎」と "地学上級" )のところを読んで、2018年中にこのブログに複数の記事を書いた。それには「地教」というカテゴリーのラベルをつけた。このラベルは「地学と地理の教育」のつもりである。
ここでは、次期の物理 (「物理基礎」と "物理上級" ) について読んで思ったことをのべる。現行との比較はしていない。あきらかに物理教育に関する話題だが、わたしの関心では地学教育に関連することがらなので、記事カテゴリーは「地教」にふくめている。
この記事で言いたいことの重点は、4節にある。単純化していえば、熱力学が軽視されている、ということだ。
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次期高校学習指導要領の、「理科」のうち「物理基礎」と「物理」(ここでいう "物理上級")の部分を書きぬきした。暫定的に [ここ]に置いた。
指導要領の文書の構造のうちではつぎのような位置の部分である。
- 第2章 各学科に共通する各教科
- 第5節 理科
- 第2款 各科目
- 第2 物理基礎
- 第3 物理
- 第2款 各科目
- 第5節 理科
書きぬきをしたもとのファイルは 、2018年3月30日にダウンロードした 1384661_6_1.pdf で、紙面のわりつけが未完成だが、文面は現在公開されているものとかわっていないはずである (照合していないが)。
箇条書きの記号として、かたかなを 〇 でかこんだものがつかわれているが、 文字コードやフォント設定によっては文字化けするので、 〇のあとに かたかな が続く形でおきかえた。また、いわゆる「半角カタカナ」は、「全角」でおきかえた。
「内容の取り扱い」のうち、「内容」のうちの個別の項目についての記述は、 それぞれ「内容」の対応する項目の直後に移動し、このような小さい文字で 表示することにした。このブログ記事では、その部分をさして「補足」と表現することがある。
そこから、それぞれの科目の内容の項目の構造をぬきだして、ここに引用する。
物理基礎
- (1) 物体の運動とエネルギー
- (ア) 運動の表し方
- 〇ア 物理量の測定と扱い方
- 〇イ 運動の表し方
- 〇ウ 直線運動の加速度
- (イ) 様々な力とその働き
- 〇ア 様々な力
- 〇イ 力のつり合い
- 〇ウ 運動の法則
- 〇エ 物体の落下運動
- (ウ) 力学的エネルギー
- 〇ア 運動エネルギーと位置エネルギー
- 〇イ 力学的エネルギーの保存
- (2) 様々な物理現象とエネルギーの利用
- (ア) 波
- 〇ア 波の性質
- 〇イ 音と振動
- (イ) 熱
- 〇ア 熱と温度
- 〇イ 熱の利用
- (ウ) 電気
- 〇ア 物質と電気抵抗
- 〇イ 電気の利用
- (エ) エネルギーとその利用
- 〇ア エネルギーとその利用
- (オ) 物理学が拓[ひら]く世界
- 〇ア 物理学が拓[ひら]く世界
物理 (ここでいう "物理上級")
- (1) 様々な運動
- (ア) 平面内の運動と剛体のつり合い
- 〇ア 曲線運動の速度と加速度
- 〇イ 放物運動
- 〇ウ 剛体のつり合い
- (イ) 運動量
- 〇ア 運動量と力積
- 〇イ 運動量の保存
- 〇ウ 衝突と力学的エネルギー
- (ウ) 円運動と単振動
- 〇ア 円運動
- 〇イ 単振動
- (エ) 万有引力
- 〇ア 惑星の運動
- 〇イ 万有引力
- (オ) 気体分子の運動
- 〇ア 気体分子の運動と圧力
- 〇イ 気体の内部エネルギー
- 〇ウ 気体の状態変化
- (2) 波
- (ア) 波の伝わり方
- 〇ア 波の伝わり方とその表し方
- 〇イ 波の干渉と回折
- (イ) 音
- 〇ア 音の干渉と回折
- 〇イ 音のドップラー効果
- (ウ) 光
- 〇ア 光の伝わり方
- 〇イ 光の回折と干渉
- (3) 電気と磁気
- (ア) 電気と電流
- 〇ア 電荷と電界
- 〇イ 電界と電位
- 〇ウ 電気容量
- 〇エ 電気回路
- (イ) 電流と磁界
- 〇ア 電流による磁界
- 〇イ 電流が磁界から受ける力
- 〇ウ 電磁誘導
- 〇エ 電磁波
- (4) 原子
- (ア) 電子と光
- 〇ア 電子
- 〇イ 粒子性と波動性
- (イ) 原子と原子核
- 〇ア 原子とスペクトル
- 〇イ 原子核
- 〇ウ 素粒子
- (ウ) 物理学が築く未来
- 〇ア 物理学が築く未来
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力学 (古典力学のうち、質点の力学と、いくらかの剛体の力学) については、「物理基礎」の「(1) 物体の運動とエネルギー」と "物理上級" の「(1) 様々な運動」の (ア) から (エ) までで、学問の体系をふまえてしっかり構成されていると思う。
「物理基礎」では、ほぼ、ベクトルの概念を必要としない1次元の直線運動にかぎり、2次元・3次元の運動のことは定性的にのべるにとどめている。その範囲で、運動エネルギーと(重力および弾性力の)位置エネルギーの合計である力学的エネルギーの保存をきちんとあつかう。
"物理上級" では、ベクトルの概念をつかって2次元の運動をあつかい、そのうちで円運動もとりあげる。(1)の「(エ) 万有引力」では、惑星の運動を重力 (「万有引力」という表現になっている) と運動方程式によって説明する。この題材は "地学上級" の (4)-(ア)-〇イ「太陽系天体とその運動」とかさなってくるが、生徒が上級科目を複数とれる状況は少ないだろうし、物理教育としても有意義な題材だと思う。
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しかし、力学以外は、おそらく現代社会に生きる人にとっての実用知識項目をあげるという態度からだと思うが、学問体系を軽視した構成になっていると思う。
「物理基礎」では、力学以外の全部を(さらに力学的原因による波動も) 「(2) 様々な物理現象とエネルギーの利用」におしこんでしまっている。”物理上級" では、「波」と「電気」はそれぞれ独立した節となり、さらに「原子」の節がたてられているが、「物理基礎」の「熱」のつづきにあたるものは、気体分子運動論 (理想気体) が「(1) 様々な運動」の「(オ) 気体分子の運動」としてふくまれているだけである。
わたしは、地学、とくに大気・水圏をあつかうとき、エネルギー保存の法則を基礎としてあつかいたい。「地学基礎」ではそれを正面からあつかえなかったから「熱収支」という表現になってしまっているが、もし熱力学での「熱」の意味を知っていると混乱するだろう。「地学基礎」でいう「熱」はエネルギーのことなのだ (ただし運動エネルギーの寄与が省略できる状況でつかわれる表現だ)、と説明したいので、物理の教材にはエネルギー保存の法則をしっかり記述しておいてほしいのだ。
しかし、指導要領の本文を見るかぎり、力学的エネルギー以外もふくめたエネルギーの保存は、どこにも明示されていない。
「物理基礎」の(2)-(イ)「熱」のうち〇イ「熱の利用」の内容として「熱の移動及び熱と仕事の変換について理解すること」とあることはある。しかしここで「エネルギー」への言及はない。
「熱力学第一法則」は、 "物理上級" の (1)-(オ)-〇ウ「気体の状態変化」の内容「気体の状態変化に関する実験などを行い,熱,仕事及び内部エネルギーの関係を理解すること。」への補足として「熱力学第一法則を扱うこと。」として出てくるだけである。これでは、熱力学第一法則を、理想気体の状態変化という状況にかぎってなりたつ法則としてとらえられるおそれがある。
しかも「熱力学」ということばが、この補足にしか出てこない。熱力学は化学の課題とされているからかとも想像したが、「化学基礎」および "化学上級" のところを拾い読みしたかぎりでは、「熱力学」ということばは出てこないし、化学反応や相変化にともなう「熱」の出入りに関連してエネルギーということばは出てくるが、「エネルギーの保存」は見あたらない。
他方、「物理基礎」の (2)-(エ)「エネルギーの利用」であつかうのは、現代の人間社会が利用するエネルギー資源だ (これについては [2014-05-06「エネルギーを消費する」]の記事で考えてみた)。このエネルギーは暗黙のうちに力学的エネルギーと同類の量だとされているようだが、保存則にしたがう量かどうかは自明でない。補足説明に「変換」ということばがあるので、変換の前後では (有効なエネルギーと無効なエネルギーをあわせた意味での) エネルギーの形はかわるが量はかわらない、という話にすれば保存則とつなげられるが、そこであつかう変換は工学的に設計された変換だろうから、自然界でも量がかわらないかどうかわからない。
そのまえの (2)-(ウ)「電気」は、電磁気学の体系的教育を(「物理基礎」の段階では) あきらめて、現代社会の一般市民が電力を利用するために必要な知識にしぼったにちがいない。「電力」ということばは、指導要領の文書には出てこないのだが、実際の教材では、電気抵抗や電流に関連して、単位時間あたりのエネルギーの流れをさすものとして出てくるだろう。(2)-(エ)「エネルギーの利用」のほうの内容に「電気エネルギー」ということばがでてくるが、コンデンサーは "物理上級" の (3)-(ア)-〇ウ の題材だし、電池は "化学上級" の題材だから、電気エネルギーのたまりをあつかうことはできず、「電気エネルギー」のあつかいは、電気エネルギーの流れ (「電力」)、および、それと他のエネルギーとの変換にかぎられると思う。
他のエネルギーが何であるかは、物理の用語でなく、人間社会の用語で、「水力,化石燃料,原子力,太陽光など」としめされている。物理のたちばでエネルギーを分類し、それぞれの技術でどの種類のエネルギーが電力に変換されるのかを説明するべきだと思うが、高校でおしえられる範囲をこえてしまうかもしれない。具体的に何であれエネルギー保存の対象にふくまれるのだ、という形でならばおしえることは可能だと思うのだが、指導要領はその方向にむかっていないようだ。
「地学基礎」の(1)-(ウ)-〇ア「地球の熱収支」で実質的にあつかうのは、地球が吸収する太陽放射と射出する地球放射との、エネルギーの流れどうしのつりあいだから、エネルギー保存の概念のうちでどちらかというと重要なのは、エネルギーが不生不滅で循環しているという概念なのだ。しかし、(2)-(イ)-〇ア 「地球環境の科学」で話題となる地球温暖化の説明につかうためには、エネルギーの流れとエネルギーのたまりとの関係が説明されていてほしい。その意味で、内部エネルギーをふくむエネルギー保存が物理でしっかり位置づけられていないのは、とても残念だ。
熱力学第二法則のあつかいは、さらにぼんやりしている。「物理基礎」の(2)-(イ)-〇イ「熱の利用」の内容への補足として「熱現象における不可逆性にも触れること」とあるが、"物理上級" までふくめてもそれだけのようだ。これこそ、「エネルギーの利用」の文脈で重視してほしい概念なのだが。
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波については、「物理基礎」の(2)-(ア)-〇ア では 働く力を特定せずに波動現象の一般的性質を、〇イ では音をあつかっている。”物理上級" では、水面波、音、光を並列にあつかう。そのいずれについても、干渉と回折をあつかう。また、音についてドップラー効果をあつかう。(地学では、とくに天文の分野で、光のドップラー効果をあつかいたい。【[2023-08-19 補足] しかし、光のドップラー効果を定量的に正しくあつかうのは、相対論が必要になるので、高校で学ぶ範囲の教材にすることはむずかしい。】”物理上級" で、音のドップラー効果が、音に特有のものでなく、波動に共通の性質としてあつかわれることを期待したい。) 光のところでは補足でさらにいろいろな概念をあげている (わたしからみて、ぜひおしえてほしいと思うものも、高校であつかう必要はないのではないかと思うものもある)。