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モンスーン、monsoon、季節風 (3) 風向からみた世界のモンスーン地域

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

「モンスーン、monsoon、季節風」については、[(1) 2014-07-07] [(2) 2017-10-31]の記事で、いろいろな論点をあげた。その後に考えたことを書こうと思う。

そのまえに、わたしが提供できる知見を示しておきたい。

仮に「モンスーンは季節間で風向が逆転することである」としてみたとき、世界の中で、モンスーンがおきている場所はどのように分布するか、ということだ。

この観点では、ソ連(当時)のフロモフ(Khromov。Chromovともつづる)が1957年にドイツの雑誌に発表した論文が有名で、1970年代ごろにモンスーンを論じた本にはよく引用されていた。英語の論文題名で引用されていることが多いが、原文はドイツ語だったかもしれない。わたしはその論文を読んだのだがよくおぼえておらず、いますぐ取り出せるところにないので、直接その論文に関する議論は、読む機会がとれるまでたなあげにしておく。

わたしはその論文と同じことを、再解析([2016-05-18の記事]参照)のプロダクトを材料としてやりなおそうとした。2002年に結果を学会発表するところまではいったのだが、論文にしそこなってしまった。

これからでも、新しい再解析プロダクト(たとえばJRA55)で同じことをやりなおして論文にしたほうがよいと思っているのだが、わたしの計算機利用能力がおとろえてしまったので、やると約束できないでいる。

- 材料と方法 -
2002年に発表したデータ解析の材料として、当時最新の再解析プロダクトだった NCEP Reanalysis 2 (Kanamitsuほか 2002)を使った。対象期間は1979年から1993年までの15年間とした(1979年はこの再解析プロダクトの始まりだが、1993年で止めたことに深い意味はない)。時間間隔は6時間である。再解析で使われた気象モデルは、気圧を地表面気圧でわったσ[シグマ]という鉛直座標で28個のレベルをもっている。ここではこのうち最下層 σ = 0.995、つまり地上約 50 mの風の東西成分・南北成分の値を使った。水平の格子点は東西192、南北94の緯線経線の交点である。ここではその格子点をそのまま使った。

それぞれの格子点ごとに、「風向の逆転」があるかどうか判断することにした。画像処理でいえばピクセルごとの処理にあたるものであり、複数の格子点からなるパタンやテクスチャを考慮した処理ではない。(結果を図にして、人がパタンやテクスチャを見ることはしている。)

各格子点について、対象期間の12・1・2月と6・7・8月のそれぞれの平均の風ベクトルを求め、両者のなす角を計算した。その角度が120度以上であるところを「風向の逆転」があるとみなした。(120度という数値はフロモフが採用していたので合わせたと記憶しているが、記憶ちがいのおそれもある。)

なお、ベクトル平均風速が非常に小さいところまで入れると、結果にノイズが多くなるので、0.3 m/s 以上という条件をつけた。このしきい値は試行錯誤で決めた。

次に、ベクトル平均の風がその季節の風向をどれだけ代表しているかという問題がある。そこで風の「定常性」を見ることにする。定常性の尺度として、ベクトル平均風速(の絶対値)とスカラー平均風速の比をとることがよくおこなわれる。スカラー平均風速とは、各時刻の風速ベクトルの絶対値を時間平均したものである。そのとおりにやるべきだったかもしれないが、わたしは(風の運動エネルギーを見ようとして)風速ベクトルの2乗の時間平均の計算をはじめていたので、それを使って、同じではないが類似の指標をつくって定常性の大小を判断した。

- 結果 -
結果は[学会発表予稿HTML版]の図を見ていただきたい。

[低緯度] 緯度約25度から熱帯側では、熱帯モンスーン域として知られたところがきれいに出た。西アフリカ(北半球側)、インド洋から西太平洋、インドネシアからオーストラリア北部にかけてだ。その大部分のところで、それぞれの半球の夏(太陽高度角が大きい時期)に西より、冬に東よりの風がふいている。

ただし、モンスーンのいわば「本家」と思われるインドの西海岸の海側がぬけている。ここでは冬の風向が北風で、夏の西風とのなす角が90度ぐらいなのだ。

中央アメリカの西の東太平洋にも、狭い帯状に、風向が交代するところがある。ここはふだんは貿易風帯だが、夏には熱帯収束帯(ITCZ)が赤道から相対的に大きく離れ、それは対流圏下層の低気圧でもあるので、その赤道側では西よりの風がふきやすい、と解釈できる。

[中緯度] 南北半球とも緯度30度付近に、夏には貿易風の東風、冬には偏西風という風向の交代が生じる帯状のところがある。(これは、季節による風向の変化という意味では、まさに季節風なのだが、海陸のちがいのない東西一様の地球でもおこるだろう大気大循環の季節的シフトだから、モンスーンは海陸コントラストによっておこるものだという観点をとるならば、まったくモンスーンではない。) ただし、そのうち海上では、定常性が乏しいことが多い。

東アジアの温帯には、上記の帯よりも高緯度側の、東シナ海・日本・サハリンなどにわたって、冬には西より、夏には東よりの風がふくところがひろがっている。

ただし、日本海は、大陸側の沿岸部をのぞいて、はずれている。冬には明確な北西の季節風がふくのだが、夏の風速が弱いのだ。日本の中部の陸上は、いちおう風向の逆転が出ているが、定常性がとぼしい。南西諸島は風向の逆転も定常性もある。

アメリカ西海岸付近と南部アフリカの西海岸付近には、冬に東より、夏に西よりの風がふくところがある。これは亜熱帯高気圧のはりだしかたの季節変化によるようだ。

[高緯度] 古典的には、夏に偏西風、冬に極域東風がふく季節風帯が想定された。しかし、実際には、北極まわりでは東風が持続してふいているわけではない。(南極まわりにはありそうだと思ったのだが、解析結果では南極まわりには風向の逆転がほとんど見られなかった。これは観測の乏しい地域での再解析の質の問題かもしれないと思う。)

そのかわり、夏に偏西風、冬に大陸上の高気圧(シベリア高気圧)の低緯度側にあたるので東風がふく地帯が、オホーツク海の北岸の北緯60度付近と、中央アジアのアルタイ山地付近の北緯45度付近に見られる。

- 結果を出したあとの考察 -

「再解析」データの質の問題が残っているが、格子点ごとに風向の逆転を評価すると、インドのすぐ西の海上日本海がぬけてしまった。地点ごとの風向の逆転をそのまま季節風の定義にするのはうまくない、と思う。

ひとつは、格子点ひとつずつではなく、風のつながりを考慮しながら、数百 km のひろがりの地域を評価すればよいのかもしれない。

もうひとつ、風向の逆転にこだわらず、一方の季節に風向の定常性の高い風がふき、他方の季節にそのような風がふかないときは、季節風があると認めてよいのかもしれない。

文献

  • S. P. Chromov, 1957: Die geographische Verbreitung der Monsune (The geographical distribution of the monsoon). Petermanns Geographische Mitteilungen, 101(3): 234-237.
  • 増田 耕一, 2002: 風向からみた季節風の全球分布。日本地理学会発表要旨集 No. 62 (2002年秋), p. 106 (発表番号508)。[増田によるHTML版]
  • Masao Kanamitsu, Wesley Ebisuzaki, Jack Woollen, Shi-Keng Yang, J. J. Hnilo, M. Fiorino, & G. L. Potter, 2002: NCEP-DOE AMIP-II Reanalysis (R-2). Bulletin of the American Meteorological Society, 83: 1631-1643. https://doi.org/10.1175/BAMS-83-11-1631