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地球科学(地学・地理)の用語をめぐって考えること

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2017年5月21日、地球惑星科学連合(とアメリカ地球物理学連合の合同)の大会の、「O-02 学校教育における地球惑星科学用語」(https://confit.atlas.jp/guide/event/jpguagu2017/session/O02_21AM1/class https://confit.atlas.jp/guide/event/jpguagu2017/session/O02_21AM2/class ) と「M-ZZ42 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論」(https://confit.atlas.jp/guide/event/jpguagu2017/session/MZZ42_21AM1/class https://confit.atlas.jp/guide/event/jpguagu2017/session/MZZ42_21AM2/class https://confit.atlas.jp/guide/event/jpguagu2017/session/MZZ42_21PO1/class )のセッションに出席した。ただし、両セッションが重なっていたので、どちらにも部分的にしか出席できなかった。

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用語のセッションでは、終わりに近い複数の講演を聞き、総合討論に参加した。

このセッションは、日本学術会議の地球惑星科学委員会の人材育成分科会(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/chikyu/giji-ikusei.html )の下に作られた地学地理用語検討小委員会の活動に関連して開かれたものだった。

ここでは、わたしが総合討論の中で発言した趣旨を、少し整理して書いておきたい。

このセッションの(わたしが聞いた部分の)講演者が指摘していた教育用語の問題は、複数の構造のものがあったが、「同じものごとをさすのに、地学と地理とで、あるいは同じ科目の教科書どうしで、ちがう用語を使っている」という形の事態をあげて、困ったことだと言っているものが多かったと思う。困る事態として、おもに、学校(中学・高校を想定している)の教師や試験問題(大学入試を含む)を作る人にとって、多様な表現を知っておくことはむずかしいので、どの答えが正しくてどの答えがまちがいかの判定がしにくいことが指摘されていた。(学校の現場で、教師があまり詳しくない分野については、その学校で使っている教科書の表現だけが正しいという扱いになることが多いが、そうすると他の教科書で使っている表現もまちがいとされ、不適切な知識を与えることになってしまうおそれがある。) 対策として、用語をむりやり統一するのもまずいので、学術会議のもとでガイドラインをつくって指導要領や教科書の用語はそれに合わせるよう呼びかける、というような方向が提唱されていた。

(これは、研究の場での用語をどうしようという話ではない。研究の用語は、各研究者が(あるいは研究プロジェクトを単位として)、ふつうは関連の研究とかみあうように用語を選び、とくに必要と考えたときだけ新しい用語をつくることによる、いわば自然な進化にまかせておけばよいことが多いと考えられる。)

それに対してわたしは、用語調整の努力は、「同じ形の用語が、ちがった意味に使われている」事態に優先して向けるべきであり、同じ意味の用語が複数あることは、それに比べれば重要ではない、と考え、そのように発言した。

同じ形の用語がちがった意味で使われていることのまずさは、詳しく論じるまでもないと思う。(わたしは典型的な例をすぐにあげられない。そのことから見ても、対策が必要な事例の数はあまり多くないと思うが、なくはないと思う。)

同じ意味の用語が複数あることについても、上に述べたような現場で起きている問題の対策は必要だ。そのために、すでに小委員会関係者がとりかかっているような用語に関する問題事例のとりまとめを進めることは有用だと思う。それを、同意語リストのような形にして、学術会議の委員会などによって適度な権威をもたせて、学校でも大学でも試験問題をつくったり採点したりする人は参照するのが当然のように位置づけられるとよいと思う。

講演中でも話題になっていたが、学校教育の範囲では実質的に同じ意味と思ってよいのだが、学問的には同じ意味でない用語もある。(わたしの思いあたるところでは、同じ現象について、形にもとづく分類と、メカニズムにもとづく分類があると、両者は大筋で同じだが厳密には同じでないことになるだろう。) このような場合に、一方の用語を採用した執筆者は、他方の用語に変えろと言われても、それでは論旨が変わってしまうと思うこともあるだろう。上で仮に「同意語リスト」と呼んだものには、意味の広がりのちがいがある場合には、そのことも示しておくことが望ましい。

(わたし自身も、なんらかの貢献をすべきかもしれない。何ができそうか考えている。)

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同意語というよりもむしろ、同じ語の表記のちがいと考えたほうがよさそうなものもある。用語のセッションの講演でたびたび話題になっていたものとして、「侵食」と「浸食」があった。これはわたし自身、高校1年のときに出会っていた(地学と地理の教科書の間だったか、同じ科目の教科書と参考資料との間だったか、よく記憶していないのだが)。いまわたしは、この例については、「同じ語の表記のゆれ」ととらえ、「どちらでもよい」とするのが適切だと思っている。

他方、「梅雨(ばいう)」と「梅雨(つゆ)」は、(言語学を専門的に勉強したわけではないが入門書をいろいろかじった)わたしの言語観にもとづけば、「たまたま同じ字があてられることがあり、意味も重なっているので同意語と言ってもよいが、別の語」だと思う。そして、日常の日本語では「つゆ」のほうがふつうだと思うけれども、気象を含む地学の教育用語としては、同音(で、語源はともかく今では確実に別の語)の「露(つゆ)」とまぎれるのを避けて、「ばいう」を使ってほしいと思う。

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話は変わるが、用語のセッションの総合討論中の発言の中で、「科学のありかたには、ものごとを第一原理から説明しようとする態度と、自然界の多様性・複雑性を認識しようとする態度がある」というような話があった。だから何だというのか、よく聞き取れなかったが、用語の話題の続きだとすれば、両者の態度の人が用語体系を共有するのはむずかしいのだ、という話だったかもしれない。

わたしも、両類型のコントラストをゆるめて、数理科学的な地球物理学の訓練を受けた人と、フィールド科学としての地質学や地理学(地質学と地理学の間もだいぶちがうのだが)の訓練を受けた人との、disciplineの溝を埋めるのはなかなかたいへんだ、という意味ならば、もっともだと思う。

しかし、科学的認識の発達の様式という意味では、現実の科学研究は、第一原理からの演繹に徹することも、多様性の記述に徹することも少なく、その中間に分布すると思う。科学的知識は、理論的基礎づけも、観測事実による基礎づけも、完全にできるものではなく、「逐次改良を続けているもの」という形で理解できるものだと思う。逐次改良をさかのぼれば、出発点にはとてもあやふやな知見があっただろう。もし、知見のあやしさがそこから導かれたものすべてを「汚染」するという感覚をもつと、科学全体が信頼できなくなる。しかし、あやしいものを含んでいても、「あやしさを減らす」努力を重ねていけば、相対的に信頼がおける知識に向かうと考えることもできるだろう(実際にはこの「あやしさ」は定量的に評価しきれないものであることが多いので、それを「減らす」という表現は比喩にすぎないが)。このようにとらえれば、地球物理学の態度も、地質学・地理学の態度も、大同小異のような気もする。

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科学論のセッションの中で、学術の専門分野の分類を考えなおす話があった。

学術研究者に対するウェブ上のアンケートで、関心のあるキーワードを複数書いてもらい、同じキーワードをあげた人どうしは距離が近いと考えて、研究者をあらわす点が多次元空間にクラスターをつくって分布するような描像をつくることができる。このクラスターのほうが、なりゆきでできている現在の学問分科よりも、学問のまとまりとして適切かもしれない。もし同じクラスターになっている人どうしの間でこれまでつきあいがなかったのならば、これからはいっしょに議論してみることが有用かもしれない。

このような作業は、わたしもやるべきだと思っていることなのだが、まだやっていなかった。ひとつには、次のような困難に気づいていたからだった。形のうえで同じキーワードが、別の専門家集団では、ちがった意味に使われている可能性があるのだ。

このことを質問として発言してみた。講演者の返事は(わたしが聞き取ったところでは)、講演者がやっているアンケート活動は(たとえば科学社会学の)学術論文になるような厳密な学術研究をめざしたものではない、また、クラスター化には複数のキーワードを使うので個別の用語の意味の広がりによる問題はかなり避けられるだろうと考えている、ということだった。

そのアンケート活動についてはそれでよいのかもしれない。しかし、わたしは、人間の知識形成のうえで、同じ用語が専門集団ごとに必ずしも同じでない意味に使われていることへの注意は必要だと思う。とくに、学術的知識を大局的につかむ手段として、テキストの機械処理という方法は有用ではあるが、それに手離しでは頼れないおもな原因が、ここにあると思う。