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テレコネクション (teleconnection)、PJパターン

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Teleconnectionという気象学用語があり、日本語でもそのまま かたかな で「テレコネクション」とされることが多い。この用語がいつから使い始められたかはわたしは調べていないが、よく聞かれるようになったのは1980年ごろからだ。そのころには、広い(あるいは「鈍い」)意味と狭い(「鋭い」)意味があったのだが、狭い意味は2000年ごろにはすたれ、今では広い意味で使われていると思う。

この用語の使われかたについて整理しておきたいと思ったが、残念ながら、あらたに文献調査をしたり用語の使用頻度を調べたりする時間をとれそうもない。ひとまず、記憶にあることを書き出して、思いあたる文献の書誌情報だけ補っておくことにする。

「tele-」は「遠隔」のような意味だ。

これを含むことばのうちには、テレパシーやテレポーテーションのように、自然科学的知識からはたぶん不可能だと考えられている「超常現象」をさすものもある。(テレポーテーションは形容詞や接頭語がついた形で物理学的に起こりうる現象の名まえにも使われているそうだが。)

テレコネクションは超常現象のなかまではなく、現実に起こっている自然現象である。ただし、距離が離れるにしたがっていったん相関が弱まってからまた強まる(それは正の相関のことも負の相関のこともあるが)ような状況をさすので、近いところほどものごとの変化のしかたが似ているという日常の常識からちょっとはずれているとは言えるだろう。さらに、影響が空間を伝わるしくみが近接作用だと考えられるのに、現象としては、遠隔地どうしが連動しているように見えるのにその中間の位置には連動したシグナルが見えないと、ちょっとふしぎな感じがする。それは、さらに観測してみようとか、理論的に考えてみようとかいう、研究のきっかけになることもある。

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気象学関係での「テレコネクション」は、わたしの知る限りでほとんどの場合、「天気」と「気候」の中間の「天候」の時間規模の現象をさして使われる。気圧、気温など気象要素の1か月平均値で表現可能な現象だ。

テレコネクションは、気象要素の数値の変化のしかたを地点間で比較すると、離れた地点の間で高い相関があるが、両地点を含む広い領域で連続して相関が高いわけではない(中間に相関が低いところがある)ような状況をさしている。離れた両地点の気象要素のあいだの相関は正でも負でもよいのだが、負であることがわりあい多い。負の相関があるということは、一方の地点で気象要素の値が高いときには他方では低くなりやすいということであり、「シーソー」(seasaw)と言われることもある。

気象要素の数値の地点間の相関が高くても、次のような場合はテレコネクションとは言わない。

  • 両地点の中間を含む広域に同符号の偏差が広がる場合
  • 流れによって上流から下流に偏差が伝わっていく(ように見える)場合
  • 波の位相の伝播 (峰と谷が交互に同じ方向に動いていく)

テレコネクションが偶然でないとすれば、何か影響を伝えるしくみがあるはずだが、自明でない。

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テレコネクションと呼ばれていなかったと思うが、ここでいう広い意味のテレコネクションの認識の早い例としては、1920年代にイギリス領インドの気象庁長官をしていたGilbert Walkerが "Southern Oscillation" (「南方振動」)と呼んだ現象の認識がある。Walkerはもともとインドの夏のモンスーンと関連のある現象を求めて、熱帯のインド洋・太平洋にまたがる広域のいろいろな相関を調べたのだが、しだいに、南方振動といえば、東太平洋(代表地点はタヒチ)と西太平洋(代表地点はダーウィンあるいはジャカルタ)の海面気圧に見られるシーソーをさすようになった。

これと別に、エルニーニョ(El Niño) と呼ばれる現象があった。このことばは、もともとは、ペルーの沿岸の海流の、季節変化で毎年クリスマスごろ生じる特徴をさしていた。それが、漁業の不漁の原因を議論するような文脈で、年々変動の特徴をさすように変わってきた。(わたしは詳しく理解していないのだが、クリスマス後ふつうならば短期間で終わる状態がその後なんか月も持続することをさすのだろうと思う。)

Jacob Bjerknes (1966, 1969)が、エルニーニョと南方振動とは連動した現象であることをあきらかにした。( https://iridl.ldeo.columbia.edu/maproom/ENSO/New/bjerknes.html 参照)。それ以後、この連動した現象がENSOという略語で呼ばれるようになった。

1980年代に、ENSOは次のようなものであるという認識がかたまってきた。熱帯大気海洋結合系の振動であり、海洋・大気双方の赤道域の力学と、熱帯大気の積雲対流が重要。力学的影響は全球におよぶ。

ENSOの概念が確立する前から、北アメリカの季節予報研究者(Jerome Namiasなど)は、熱帯太平洋上から北アメリカに影響が伝播することを考えていた。

Bjerknes (1969)の論文の題名に atmospheric teleconnections ということばが使われており、それ以後、ENSOの位相としてのエルニーニョ状態や(それと逆の位相をさして1980年代末ごろに名づけられた)ラニーニャ状態の熱帯から、中緯度の大気への影響が、テレコネクションとして論じられることが多くなった。

(1980年代ごろはENSO自体をテレコネクションということはなかったと思う。)

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ENSO以外にも、天候の遠隔相関をさぐる研究はいろいろあった。わたしが気象学を勉強しはじめた1980年ごろに話題になっていたものとして、van Loon & Rodgers (1978)が指摘した、グリーンランドとスカンジナビアの冬の気温のシーソーがあった。ほかにも、アリューシャン アイスランド低気圧やアゾレス高気圧の変動の研究があった。そのようなものをあわせて、北大西洋振動(NAO)という概念ができてきた。(これがテレコネクションと呼ばれたかどうかはわたしはよく知らない。)

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1980年ごろ、気象力学と季節予報の研究者のあいだで、テレコネクションということばがよく使われるようになった。(ある学者が「テレコネクションが大事だ」と言ったのを、その同僚が「通信 (telecommunication) の話かと思った」ということがあった。それまでテレコネクションということばが専門家にとっても聞き慣れないものだったにちがいない。)

これには、代表的な2種類の研究があった。そこで、これからしばらく、「テレコネクション」は、必ずというわけではないが多くの場合、これらの論文で扱われた典型に近い現象をさして使われた。

ひとつは、冬の北半球中高緯度について、観測値にもとづいて(実際には数値予報モデルを併用した「客観解析」データを使ったのだが)、対流圏中層(500 hPa)の等圧面高度の月平均値の、地点間の相関を調べた研究だ。代表的論文はWallace & Gutzler (1981)のものだった。その研究では、従来から季節予報研究者が指摘していたPNA (Pacific - North American)パタンを含む、複数の、遠隔地点間の相関が高くなるようなパタンを記載した。

もうひとつは、気象力学の理論的研究で、ロスビー波の伝搬でエネルギーが伝わるという考えによるものだ。ロスビー波は、簡単に言えば、大気の運動に対する地球の自転のききかたの緯度による違いを復元力とする、大気の大規模な波だ。成層圏突然昇温など、いくつかの興味深い現象を説明する理論が、ロスビー波の鉛直伝搬を重要な要素として組み立てられた。今度はロスビー波の水平伝搬で考えてみようということになった。

代表的論文はHoskins & Karoly (1981)のものだった。大気の鉛直構造を単純化して「順圧」(barotropic)の1層モデルで考える。さらに、波の位相(峰や谷の位置)が動かない「定常波」を考える。ロスビー波は本来は西に進むものなのだが、この「本来」は基本場を静止大気とした場合で、基本場として西風が吹いている場合は、基本場の風に流される効果も含めると、固体地球に対する位相速度が0になる場合があるのだ。ロスビー波では位相速度と群速度が違い、エネルギーは群速度で伝わる。「定常波」と言っても振幅は変わりうるものを考えており、峰・谷・峰のそれぞれの位置は動かないが、それぞれの振幅の強化が群速度ベクトルの上流から下流に順次起きていくのだ。

この理論によって、Wallace & Gutzlerが指摘したテレコネクションパタンのいくつかが説明できそうだった。

この理論にはいくつかの修正が加えられた。Hayashi & Matsuno (1984)はそのひとつであり、東西一様な環状のモードを別あつかいする必要があることを指摘している。

その後 (2000年ごろ以後?) この順圧のロスビー波伝搬という考えかたは、はやらなくなったと思う。3次元の大気に対して大胆な近似である1層モデルで言えることはやりつくしてしまい、研究者の関心が1層モデルで表現しきれないことに向かったのだろう。

そして (2000年ごろ以後?) テレコネクションということばも、順圧ロスビー波伝搬と結びついた狭い意味ではなく、天候の遠隔連関という広い意味で使われるようになってきたと思う。この広い意味では、ENSOやNAOなども含めて言うこともありうる。

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日本の天候の話題で、「PJテレコネクション」あるいは「PJパターン」ということばが使われることがある。これはだいたい「熱帯西太平洋(フィリピンの東、パラオあたり)で雨が多いとき、日本の夏はよく晴れて暑くなることが多い。」というような意味だ。熱帯西太平洋と日本とで(たとえば海面気圧に)負の相関が見られるので、Wallace & Gutzlerが示したのと同様なテレコネクションだと言える。ただし、夏の、しかも熱帯におよぶ現象なので、Wallace & Gutzlerの論文自体には現われていない。

これを最初に明確に指摘したのは、新田勍(つよし)さんだった。Nitta (1986)では(おそらくその論文限りの仮の表現として) SJ (South Japan) patternと呼んでいたが、Nitta (1987)の論文でPacific-Japan pattern と用語を変更している。これが広く使われるようになった。

【わたしは(2000年ごろ以後)、「PJ pattern」を略語でだけ覚えており、なんとなく Philippine Sea - Japan pattern だと思っていた。固体地球のプレートテクトニクスの話題で「フィリピン海プレート」ということばをよく聞いたからだ。しかし、フィリピン海を、固体地球の研究者は太平洋と区別するが、気象の人は北西太平洋の部分とみなすのがふつうなのだ。さらに、Nitta (1987)を見ると、南側のシグナルのある領域は、マリアナ諸島付近を中心に、西のフィリピン海と東の北西太平洋とにわたっている。用語はやはり Pacific とすべきだろう。ただし、太平洋の中心付近まで広がった現象ではないので、PJという省略形をおもに使いたいと思う。】

Nitta (1986, 1987)で実際に見ているのは、雲量(雲に覆われた面積比)の空間相関だ。気象衛星ひまわりによる雲量のデータが、1979年から数年たまってきて、相関が論じられるようになったところだった。(その後の多数の研究で、気圧や降水量などの気象要素との連関もわかってきた。)

新田さんは気象力学を学んだ人なので、PJテレコネクションのメカニズムとしては、熱帯の積雲対流が活発なところから温帯に向かうロスビー波の群速度伝搬を考えていた。しかし、積雲対流自体は傾圧(対流圏下層で水平収束、上層で水平発散をつくる)なので、順圧のロスビー波ができる理屈はよくわからないままで、理屈を論文で述べるところまで至らなかったと思う。

今では、3次元の運動方程式・熱力学の式を含む気候モデルによるシミュレーションの結果について、現実と同様なPJテレコネクションが認識されている。しかし、それを順圧・傾圧に分けて気象力学の理論で考えるようなアプローチはすたれていると思う。

文献

  • Jacob Bjerknes, 1966: A possible response of the atmospheric Hadley circulation to equatorial anomalies of ocean temperature. Tellus, 18: 820-829. http://doi.org/10.1111/j.2153-3490.1966.tb00303.x
  • Jacob Bjerknes, 1969: Atmospheric teleconnections from the equatorial pacific. Journal of Physical Oceanography, 97: 163-172. doi: 10.1175/1520-0493(1969)097<0163:ATFTEP>2.3.CO;2
  • Yoshi-Yuki Hayashi & Taroh Matsuno, 1984: Amplitude of Rossby wavetrains on a sphere. Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II, 62: 377-387. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.62.3_377
  • B. J. Hoskins & D. J. Karoly, 1981: The steady linear response of a spherical atmosphere to thermal and orographic forcing. Journal of the Atmospheric Sciences, 38: 1179-1196. doi: 10.1175/1520-0469(1981)038<1179:TSLROA>2.0.CO;2
  • Tsuyoshi Nitta, 1986: Long-term variations of cloud amount in the western Pacific region. Journal of the Meteorological Society of Japan, Ser. II, 64: 373-390. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.64.3_373
  • Tsuyoshi Nitta, 1987: Convective activities in the tropical western Pacific and their impact on the Northern Hemisphere summer circulation. Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II, 65: 373-390. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.65.3_373
  • Harry van Loon & J. C. Rogers, 1978: The seesaw in winter temperatures between Greenland and northern Europe. Part I: General description. Monthly Weather Review, 106: 296-310. doi: 10.1175/1520-0493(1978)106<0296:TSIWTB>2.0.CO;2
  • G. T. Walker, 1923: Correlation in seasonal variations of weather, VIII. A preliminary study of world weather. Memoirs of the India Meteorological Department, 24(4): 75-131. [わたしはまだ読んでいない。Walkerによる他の論文についても同様。]
  • G. T. Walker, 1924: Correlation in seasonal variations of weather, IX. A further study of world weather. Memoirs of the India Meteorological Department, 24(9): 275-333. http://www.rmets.org/about/history/classics.php
  • G. T. Walker, 1928a: World Weather. Monthly Weather Review, 56: 167-170.
  • G. T. Walker, 1928b: World Weather III. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 2(17): 97-106.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1930: World Weather IV. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 3(24): 81-95.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1932: World Weather V. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 4(36): 53-84.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1937: World Weather VI, Memoirs of the Royal Meteorological Society, 4(39): 119-139.
  • J. M. Wallace & D. S. Gutzler, 1981: Teleconnections in the geopotential height field during the Northern Hemisphere winter. Monthly Weather Review, 109: 784-812. doi: 10.1175/1520-0493(1981)109<0784:TITGHF>2.0.CO;2