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ISIS (自称「イスラム国」)をどう呼ぶか

日本人2人を殺害した(ことが確からしい)武装集団をどう呼ぶか、いろいろ迷うところがあるが、わたしは当面「ISIS」とすることにした。

【本論にはいるまえにおことわり。「イスラーム」が宗教の名まえであって「教」をつけるのは蛇足だという考えもあるのは承知しているが、わたしは日本語の表現として「イスラム教」「イスラム教徒」を使う。また「イスラーム」と「イスラム」を区別せず、ふだんは短い形を使う。】

池内(2015)によれば、2014年6月、この集団は、カリフ制を宣言するとともに、自分の名まえを、「イスラーム」とした。(これは英語の Islamic Stateに対する日本語訳である。)

しかし、この表現は、イスラム教徒が住む国を広くさす表現とまぎらわしい。この集団に対する批判が伝わるうちに、イスラム教徒一般への批判と混同されて伝わり、イスラム教徒への偏見を強めてしまう、という問題が指摘された。

まずこの集団を「国」というべきかという問題がある。現代世界の国際秩序では、国が互いに重なり合わない領域をしめる(例外的に国境紛争があるが)。問題の集団は、国際秩序ではイラクおよびシリアのそれぞれの領土と認められたところで活動している。日本を含めて(国際秩序を構成する)どの国もこれを国として承認していない。わたしとしても、これを国際秩序を構成する「国」であると誤解されるような呼びかたはしたくない。

これは「テロ集団」であり、それにふさわしい名まえで呼ぶべきだ、という意見も聞かれた。しかし、この集団は、テロを実行してもいるが、領域を実効支配し統治しようともしている。「テロ集団」という形容はまちがいではないが、この集団の特徴をとらえきれていないと思う。(「自称」という表現は、このごろ日本語圏では乱用されて使いにくくなっているが) これはまさに「国を自称している集団」だと思う。そこで、わたしはこの集団を「自称 イスラム」と呼ぶことにしようと思った。しかし、「自称」のようなことわりがきは伝わるうちに消えやすい。

略称で通して、略称の根拠を問われたときだけ「自称」のようなことばを添えて説明する、という態度がよさそうだと思った。しかし IS では、短すぎるし、英語のbe動詞の is にまぎれて検索不可能になる。

英語圏ではISISまたはISILという形を使う人が多い。これはこの集団がISをなのる前に(といっても2013年4月からだが)使っていた名まえ「イラクとシャームのイスラム国」の英語の頭文字略語だ。シャーム (al-Sham)はシリアを含む広い地域をさす。欧米ではほぼこれに対応する地域がLevantと呼ばれてきた。

Levantは「のぼる」のような意味のラテン語を語源とし、地中海から見て東にある土地をさして使われはじめた名まえらしい。(語源的に言えば「日本」と同じではないか!) わたしは小麦農業の起源の土地を示す際などに、シリア・イスラエルパレスチナ・ヨルダン・イラク西部などにまたがる地域をさすのに、苦しまぎれだがしいていえば近代欧米の考古学を尊重して、この表現を使うことがある。しかし、「イラクイスラム国」から発展してきたISISにとってシャームは西にある土地だし、欧米に敵対しているこの集団の名まえに欧米の視点が明らかなLevantという用語を使うのは奇妙な気がする。わたしは、シャームはシャームのままかシリアで代表させるかが適当と考え、ISISと表現しようと思う。ただし、他のかたとの用語統一でISILとしようとなった場合は、合わせることもありうる。

ISISというつづりはすでに使われているという問題もある。まず(Isisという形になるが)、古代エジプトの神「イシス」である。英語読みでは「アイシス」となる。それにちなんだものがいろいろある。わたしが最近出会ったものとしては、科学史の学術雑誌にIsisという名まえのものがある。この点ではISILのほうが問題を起こしにくい表現なのかもしれない。

声に出すときISISをどう発音するか。英語の略語だから英語式に読めという理屈もあるが、もはや何の略語かは考えたくない面もある。わたし個人は、(理屈でなくたまたま)これは「イスイス」だと意識してしまったので、他のかたと合わせることが求められなければ、そう読んでいる。

なお、ISISと同様な意味のアラビア語の頭文字略語は「ダーイシュ」となるそうだ。この表現は、ISISと対立する国々の政府や報道が使い、ISISに親しい人々は嫌っている。わたしはアラビア語の語感がよくわからないので、とうぶん積極的には使わない。用語統一となれば使う可能性もある。

文献

  • 池内 恵 (さとし), 2015: イスラーム国の衝撃 (文春新書 1013)。文芸春秋, 229+ix pp. ISBN 978-4-16-661013-6. 【表題ではそうなっていないが、この本の本文では「イスラーム国」という表現は毎回かぎかっこつきの形で使われている。】