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大循環

「大循環」ということばについては[「GCM」の記事]でふれたが、もう少し説明を加えたい。

大気の大循環は、大規模な循環にちがいないのだが、この語の意味はそれだけではない。しかし、それではどういう意味か定義のような形で示そうとすると、そう簡単ではない。

英語では general circulation という。(これが日本語の「大循環」に対応することは気象および海洋の分野特有の「方言」なので、もっと広い話題の本に出てきた場合に「一般的な循環」などと訳されてしまうのはやむをえないのかもしれないが、それでは意味がとおらなくなってしまう。)

[「GCM」の記事]で述べた「大循環モデル」は、もともと、この「大循環」をシミュレートできる数値モデルという意味だったにちがいないのだが、その後「大循環モデル」が発達してそれが表現できるものがだんだんふえたので、「大循環」ということばの意味が漠然としてしまったような気がする。(わたしは「大循環」の意味を広げるよりも、「今の大循環モデルは大循環のほかにもいろいろな現象を表現できる」と言ったほうがよいと思うのだが。)

1970年代から1980年代初めに気象学を学んだ者としてみれば、Lorenz (1967)の本(世界気象機関の出版物)がこの主題に関する考えの基本と考えられていたと思う。新田(1980)の本も同様な考えかたをとっている。

大循環は、基本的には、時間について平均した運動(風、海流)だと考えることができる。年平均の状態を考えることもあるが、(大気について)季節変化を無視できない場合は、[DJF, JJA]のような3か月平均の状態を考えることが多い。

また、緯度による違いは考えるが、経度による違いは無視する、つまり各緯度ごとで東西全経度について平均した状態を考えることが多い。実際には、海洋の循環にとって岸の働きは無視できない。しかし、大循環を考える際には、岸の働きを、岸が具体的にどこにあるかにかかわりない一般的(抽象的)なものとしてとらえようとする。大気大循環にとっての海陸分布や大規模な山地地形の働きについても同様だ。

Lorenzの本に書かれた、当時の現代の気象学にとって新しかった認識は、こういう時間平均・東西平均した数量で表現できる循環の性質が、地球大気のうちでも熱帯中高緯度(この用語については[2012-06-14の記事]参照)ではだいぶ違い、熱帯の大循環は時間平均・東西平均した数量だけで因果関係がわりあいよく説明できるのに対して、中高緯度の大循環は時間とともに変化する複数の量(たとえば気温と風速の南北成分)の共分散の働きが重要であることだった。

大気大循環に関する認識の歴史をさかのぼると、Hadley (1735)の論文ははずせない。この論文の題目には「general trade-winds」ということばがある。この表現を当時の他の人が使っていたかどうか確かめていないのだが、たぶん、「trade winds」(日本語では「貿易風」)ということばはすでに広く使われていたが、それに general をつけた熟語があったわけではなく「広く見られる貿易風」ぐらいの意味だっただろうと(わたしは)思う。Halley (1686)がそれまでの観測を総合して熱帯の風の分布図を描いていたので、貿易風の広がりをつかむことができた。Halleyはその貿易風が成立するしくみを物理学的に説明しようともしたのだが、それ(太陽直下点の動きにつれて風が生じる)は結局正しくなかった。Hadleyは、赤道付近と高緯度側とで、太陽光による加熱が違うことと、地球の自転による速度の東西成分の大きさが違うことを考慮し、赤道付近で上昇し高緯度側で下降する南北・鉛直循環に伴って上層で西風、下層で東風が生じるという説明を考えた。それは今から見ても(風速の東西成分の保存ではなく角運動量の保存を考えるべきであるという修正はあるが)ほぼ正しかった。そこで、この熱帯の南北・鉛直循環は「Hadley循環」と呼ばれている。太陽からくるエネルギーと地球の自転の効果とが緯度によって違うことは考えるが東西方向の不均一や時間に伴う変化はならしてしまうようなとらえかたが成功したので、多くの理論家が、そのようなとらえかたでとらえられるものをgeneral circulationというようになったのだろうと思う。その表現にはHadleyがgeneralということばを使ったことの影響もあるのかもしれない(ただし確かめていない)。

熱帯だけでなく中高緯度を含めた大気の大循環の実態をつかみ物理学的に説明することには、だいぶ時間がかかった。19世紀から20世紀初めにかけての多くの研究は、Hadleyと同様に東西平均・時間平均した場が維持されているという考えに立っていた。Hadleyが示した循環をそのまま延長する考えもあったが、観測データが集まって中緯度の風速の南北方向成分を平均してみると、なんと熱帯とは逆向きだった。エネルギー収支を考えると、放射だけでは低緯度で収入過多、高緯度で支出過多だが、気候は準定常状態を保っているので、大気と海洋の流れが低緯度から高緯度へエネルギーを運んでいるはずなのだが、時間平均・東西平均の南北・鉛直循環(「平均子午面循環」)は中緯度ではエネルギーをこれと逆向きに運んでいる。20世紀なかばになって、中緯度の大気大循環の主役は西から東に進む温帯低気圧を含む西風の波動であり、これが高緯度向きにエネルギーを運んでおり、中緯度の平均子午面循環は波動の副次的結果と見たほうがよい、という考えに落ち着いた。この考えに至るにはいろいろな人の働きがあったが、Rossbyを重視して、熱帯の大気大循環がHadley型の体制(Hadley regime)にあるのに対して、中高緯度の大気大循環はRossby型の体制(Rossby regime)にある、と言うことがある。(日本語の教科書類で「Rossby循環」という表現が使われることがあり、わたしも使ってしまったことがあるが、これは具体的にどこの流れをさすのかが不明なので、使わないほうがよい表現だと思うようになった。)

大循環として理解したい対象が時間平均・東西平均された2次元の数量の分布だとしても、(少なくとも中高緯度の大気に関する限り)大循環の道具立てとしては時間変化も東西方向の不均一性もある4次元の現象を扱う必要があるのだ。ただし、「各時刻で見れば東西方向には気圧の峰と谷の不均一があるのだが、どの経度にも同等に気圧の谷がやってくるので時間平均すれば東西一様である」というような理想化した世界を考えることはできる。現実の北半球は大きな大陸があるのでこの理想化された模式とはだいぶ違うが、南半球はこれにかなり近い。「大循環」というとき、海陸分布や大規模な山の地形によって位置を決められた東西不均一な特徴まで含めるのか、それをならしてしまった理想化された模式を考えるかは、専門家の間でも個人差があると思う。

文献

  • George Hadley, 1735: Concerning the cause of the general trade-winds. Philosophical Transactions, 39(436-444): 58-62.
  • Edmond Halley, 1686: An historical account of the trade winds, and monsoons, observable in the seas between and near the tropicks, with an attempt to assign the phisical cause of the said winds. Philosophical Transactions, 16(179-191): 153-168.
  • Edward N. Lorenz, 1967: The Nature and Theory of the General Circulation of the Atmosphere. WMO No. 218. Geneva: World Meteorological Organization.
  • 新田 尚(にった たかし), 1980: 大気大循環論東京堂出版