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113番元素の名まえに関するいろいろな考え

理研(理化学研究所)の研究者によって113番元素が合成されたという論文が出された。113番元素の合成の報告は外国からもあるので、世界の科学者の合意として理研の仕事が113番元素の発見と認められるかどうかは確定していない。したがっていわば「とらぬタヌキ」なのだが、もし確定すればその研究者が元素を命名することができるだろうという前提で、名まえの提案や議論がとびかっている。

科学的知識は人類全体の共有物だ。しかし、元素名は固有名詞扱いで科学者が記念したいものにちなんでつけることが認められている。前例から見て、国の名まえをつけることは(一般論としては)認められるだろう。ただし、ニッポニウムという名まえは使えない。これは歴史、しかも思い出す価値のある歴史の一部になっているからだ[別記事]。ジャポニウムは有力候補らしい。

しかし、これから新しい元素が発見されることはますますむずかしくなるだろう。これは原子核物理の原理的な困難ではなく、原子核合成に必要なエネルギー資源がしだいに多くなるにちがいなく、社会がその研究分野に与えることのできる資源量を越えるだろうという予想だ。これがアジアの研究機関による初めての新元素であることを考えると、日本でひとりじめにせず、アジア全体で祝うべきではないだろうか? たとえば、「アジアの元素」をすなおに名づければアジウム(asium)になるだろう。略号は、Asがヒ素に使われており、語尾のiumまで使っても、Aiしか残っていないが。

人工元素の名まえは研究機関にちなむものが多いような印象があるが、実は、地名か、科学者(故人)の人名を使うという約束になっていて、これまでに元素合成に成功した研究機関名には地名か人名がはいったものが多かった、ということらしい。

したがって理研にちなむ名まえが採用される可能性があるかどうかはわからない。理研は英語名はあるものの略称としてRIKENを通してきたから、もし研究機関にちなんでよいということになったら、リケニウムは有力候補だろう。国名よりは、外国からの反発を招く可能性は薄いと思う。

わたしとしては、理研の名まえのもとになっている「理化学」、あるいは、それぞれ意味の広がりが違うが、「科学」(理研は「科学研究所」だった時代もあった)あるいは「理科」を記念する名まえをつけられるのならば、それがよいとも思う。西洋で発達した近代科学が、東アジアの漢字文化圏にも根づいたことを記念したいのだ。ただし難点は漢字のラテン文字への変換の普遍的標準がないことだ。利用人口が多数なのは中華人民共和国ピンインだろうが、そうすると「理」はli、「化」はhua、「学」はxue (シュエ)になってしまい日本語との対応が薄くなる。「科」はkeだからかろうじて頭文字は同じになるが。

人名にちなむとすれば、仁科芳雄にちなんだニシニウムが有力だ。元素合成をした理研の部署名が仁科加速器研究センターだから、ということもあるが、センター名に採用されたのも仁科がこの専門分野への貢献が大きい人であるという評価の反映にちがいない。世界的知名度では湯川秀樹のほうが上だし、湯川の主要業績はすべての原子核にかかわる核力の原理だから新元素名に採用が決まれば納得はできる。しかし、いまどきの新元素「発見」は加速器による実験研究の中から出てくることを考えると、理論家の湯川よりは実験家の仁科のほうがふさわしいような気がする。ひとつ心配なのは、戦争中の活動についての反発だ。元素名には第2次大戦の連合国で核兵器開発にかかわった学者の名まえは多く採用されているし、ドイツのHahnも採用されたから、理屈のうえでは解決ずみだと思う。しかし、もしアジアのどこかの国から感情的反発が示されたらこじれるおそれがあると思う。(その点では、湯川秀樹ならば問題が生じる可能性は少ないだろう。)

元素の発見への日本あるいはアジアの貢献の歴史をふりかえるという意味では、ニッポニウムの小川正孝にちなんだ名まえも考えられるかと思う。また原子の物理への貢献という意味では長岡半太郎も考えられるかもしれない。

(ただし、小川、湯川などの名まえだと、-wに-iumがつくことになるが、ラテン語化でwとvが同一視されて-viumとなるのだろうか? そうすると日本語では「-ビウム」となるのが順当なのだがそれでよいだろうか? あるいはwはvと違うと言い張って「-ウィウム」か「-イウム」とするのだろうか?)

【[2015-12-26追記] ジャポニウムの場合も、ラテン語名で J を I と区別するのかという問題がある。(ヨウ素は I と J が使われたことがあって I に統一された。) また ja の発音はジャかヤかという問題もある。】