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日本国は基礎科学を捨てるのか

3月26日に「労働契約法改正の趣旨はもっともだが任期制研究労働者には抜け道が必要」という記事を書いたが、この法律改正案は、このままいくと今週中に成立する見通しだそうだ。

無期雇用へ5年ルール 改正労働契約法、週内にも成立
朝日新聞デジタル 政治>国政>記事 2012年7月31日22時28分
http://www.asahi.com/politics/update/0731/TKY201207310598.html

これに伴って、科学研究に従事する任期つき雇用労働者が受ける影響にどう対処するか、総合科学技術会議はいくらかの検討をして5月31日に意見書を出している。

総合科学技術会議トップ > 答申・決定・意見具申等一覧 > その他(取りまとめ等
http://www8.cao.go.jp/cstp/output/sonota.html

の中に

労働契約法の改正案について(PDF)
平成24年5月31日 総合科学技術会議有識者議員等
http://www8.cao.go.jp/cstp/output/20120531_roudoukeiyaku.pdf

という文書がある。報道の例としては次のものがある。

総合技術会議:研究者の雇い止め対策で意見書
毎日新聞 2012年05月31日 19時59分
http://mainichi.jp/select/news/20120601k0000m010041000c.html

これは、法律改正案に対して修正を求めるわけではなく、法律改正が成立した場合に行政機構がどう適応するかを考えたものだ。残念ながら、予想される公共部門の任期つき雇用の条件悪化をくいとめるだけの力があるものになっていない。しかも、このレベルでさえ、各省が法改正に間に合うように行政措置を準備しているとも聞かない。

民間では労働者が無期限雇用を希望してきてから対応を考えるかもしれないが、公的部門では「5年以上勤続する労働者には無期限雇用を要求する権利があり、他方、5年後にその人を雇い続ける予算のあてがないとすれば、5年に達する雇用契約をしてはいけないのだ」という理屈が先に立つと思う。4年11か月でもいいはずだが脱法的な印象があるので「4年まで」という内規になってしまうのではないか(行政法人の管理部門はそういう判断をしそうだという経験的予想)。

これは研究者だけの問題ではない。むしろ狭い意味の研究職は「各自次の仕事が見つかるように業績をあげなさい」ですむかもしれない。研究を支援する技術職員・事務職員のうちで任期つきで雇われながらその職務特有の技能を磨いた人が働き続けられるかがとくに問題だ。総合科学技術会議有識者議員もそのことを述べてはいる。しかし有効な手を打っているとは言えないと思う。

これを変えるためには、労働者と雇用主の両方の悩みを聞いてくふうを考えてくれる法律家が必要だ。

しろうと考えだが、労働者が「勤続5年に達しても無期限雇用を要求する意志がない」ことを第3者機関に認証してもらえばそれを前提として契約ができる、というしくみを作れるとよいと思う。あらゆる労働契約に対してこれを認めると法改正が骨抜きになってしまうが、国や自治体の期限つきの事業に依存する雇用に対して認めたらどうだろうか。(研究事業に限ったことではなさそうだ。)

そういうくふうなしでは、研究系独立行政法人は順法第一の体質が抜けないだろうから、そのうち研究者の大部分を任期つきで雇っている部門では(1990年代後半以後の新設部門はそうであることが多い)、5年後の事業計画がたっていない以上は、雇用契約は「4年まで、更新なし」に限る、ということになるだろう。更新すると1年で無期限雇用を要求する権利ができてしまうから「更新なし」はきびしく適用されるだろう。そうすると、5年後には、今いる研究者はみんないなくなる。4年以内で雇用が切れる条件で納得した人がいれば雇えるので無人にはならないだろうけれど、労働者の側にもとどまる義理はなく、多少ともよい条件のところがあれば抜けていくだろうから、平均の勤続年数は4年よりもさらに短くなるだろう。その組織が次の5年に何をするかを考える人は組織内にはいなくなるだろう。

労働政策と科学技術政策の両方を見渡す政治家がいない日本では、これまで国がお金をつぎこんできた研究機関の多くが、今後5年ほどで、事実上消滅するか、臨時雇われ人のたまり場になってしまう可能性が高くなった。

民間企業で研究を続けられる専門分野はまだよいのだがその多くは応用科学だろう。基礎科学分野の研究職の人は、数少ない無期限雇用の職を得られない限りは、職業としての基礎科学をあきらめるか、外国に出ていくかしかなくなるだろう。もちろん、外国にも無期限の職はなかなかなく、労働ビザの制約もあるので、外国のほうが条件がよいというわけでもないのだが、自国のほうがよいとも言えなくなった。