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バックビルティング?

九州北部豪雨が起きたしくみについての報道で、「バックビルディング」ということばを見かけた。出どころは気象庁の報道発表「平成24年7月九州北部豪雨」の発生要因について 〜強い南西風の持続と東シナ海上からの水蒸気供給〜に資料としてつけられたPDF文書中の表現らしい。報道発表の本文で「大雨は複数の線状降水帯が停滞することでもたらされ、それぞれの線状降水帯は積乱雲が風上(西側)で繰り返し発生することで形成されていました。」とあるところの一部が、資料のほうでは「積乱雲が風上(西側)で繰り返し発生するという、バックビルディング形成であった」とあるのだ。

「バックビルディング」ということばは「わたしの辞書にない」。「バック」も「ビルディング」も日本語にとけこんでいることばだが、文脈からみてここでの「ビルディング」は「建物」ではなくて「建設すること」なので、英語圏でback-buildingということばが使われていて、日本の集中豪雨研究者はそれに慣れていて自分の用語として使ったにちがいない。もしかすると、アメリカのsevere stormの研究あるいは予報実務ではこの用語の使いかたの典型例となる文献(本来の意味のparadigm)があって、この単語は専門用語としての意味を確立しているのかもしれない。あるいは、英語圏の著者にとってはこれは単なる日常用語なのかもしれない。

わたしの推測だが、「バックビルディング」は、なんらかの因果関係的なしくみをさすのではなく、現象の時空間的特徴を記述する表現なのだと思う。(時間変化を含むという意味で「動的」であるとも、因果関係を考えるうえでいくらかの示唆を与えるとも言えると思うが。)

集中豪雨は個別の積雲よりも寿命が長い。複数の積雲からなる集団が起こす現象だ。積雲の集団のどこで新しい積雲がつくられるかに注目する。それが進行方向にたいして「うしろ側」であるのがback-buildingにちがいない。

ところが今回の場合、積雲の集団である「線状降水帯」は停滞していたので、それにとってどちら側が「うしろ側」であるかは決められないはずだ。おそらく、個別の積雲はだいたい西から東に動いていたので、その動きに対して「うしろ側」なのだろう。あるいは、「線状降水帯」よりも大きな構造である梅雨前線上の低気圧が西から東に動いていて、その動きに対してなのかもしれない。

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すこしウェブ検索してみると、吉崎・加藤(2007)の本の7章の表題が「豪雨のメカニズム−バックビルディング型豪雨−」であることがわかった。(この本は、気象学を教える立場では、読んでおいたほうがよいと思いながら、まだ読んでいなかったのだった。)

気象庁報道発表の「問い合わせ先」として書かれているのは「気象研究所 気候研究部 第3研究室」であり、気象研究所ウェブサイトの情報を見ると、その室長は加藤輝之氏である。今回の資料の「バックビルディング」という用語の意味は、加藤氏のものとみてよさそうだ。ただし、それが多くの人が共通に使っている用語かどうかは、まだよくわからない。

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