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Sv (スベルドラップ、海洋学で使われる単位)

これは気象むらではなく、となりの海洋学むらの方言だが、気象むらにも、昨年の原子力発電所事故以来毎日のように現われるSvという文字列に、理屈はわかっても頭の奥のほうの切りかえができなくて毎度まごつく人はかなりいると思う。

うちのほうのSv (sverdrup、Wikipedia日本語版の記事題目になっている表記は「スベルドラップ」)は、SI (国際単位系)の単位ではないのでいわば方言なのだが、メートル法の単位ではある。流量、もう少し詳しく言うと「体積流量」の単位で、106 m3/s つまり百万立方メートル毎秒にあたる。ほぼ水の流量に限定して使われ、おもに海洋中の海水の流れに使われるが、川や大気中の水蒸気の流れも含めた水循環の話題にも現われることがある。

これはHarald Ulrik Sverdrup (1888年-1957年、わたしは正確な発音を知らないがWikipedia日本語版の表記は「ハラルド・スヴェルドラップ」)というノルウェーの海洋学者の名まえにちなんだものだ。アメリカ地球物理学連合(AGU)という学会のMills氏による紹介記事やWikipedia英語版・日本語版を参考に述べると、近代気象学の成立に大きな働きをしたVilhelm Bjerknesの弟子で、学位論文は北大西洋の貿易風という気象学の主題に関するものだった。海洋の観測研究もしたが、今ではとくに風によって駆動される海洋の循環(「風成循環」)に関する理論で知られる。1936年から1948年まで、アメリカのスクリプス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)の所長(Director)であり、その間の業績が多いのでアメリカの学者とみなされることもあるが、その後はノルウェーに帰ってノルウェー極地研究所所長などをつとめている。

このほかのSIでないメートル法の単位の例としては、この「気象むらの方言」の「ヘクトパスカル」のところで述べた「ミリバール」がある。人の名まえがついたものとしては、原子核物理の分野での長さの単位で10のマイナス15乗メートルをfermiとする提案(1956年だそうだ)やyukawaとする提案があった。これは1964年の国際度量衡委員会で10のマイナス15乗を示す接頭辞femtoが決まったのでfm (フェムトメートル)に落ち着いた(femtoは15を意味するデンマーク語・ノルウェー語によるが、fermiの影が見えるという説もある)。sverdrupを単位名にするのも同じ時代の発想だ。

流量の単位に名まえがないと不便だ。メガ立方メートル毎秒とは言わない。立方ヘクトメートル毎秒(hm3/s)なら筋は通るが百の3乗が百万だという暗算が必要になる。m3/sに適当な名まえがついていれば、それにメガをつければよくなる。英語の理工系俗語としてはcubic metre(s) per secondを縮めたcumec(s)というのがあるが俗語扱いされていると思う。体積の単位としてリットルを使えば1 sverdrupはギガリットル毎秒(GL/s)として比較的短く表現はできるが、リットルと立方メートルとの間の暗算が必要になる。

もっとも、体積は保存則に従う量ではないので、体積流量よりも質量流量が基本的な量だと思う。水の場合は1000 kg/m3 (1 kg/L、1 g/cm3)で換算される。海水の密度がこれと違うのは、多くの場合、誤差の範囲だ。質量流量のSI単位はkg/sだ。1 sverdrupの水の流れに対応する質量流量の単位は、kg/sにギガをつけるのが順当だ。しかし、質量の基本単位に接頭辞がついているというねじれのため、キロかけるギガがテラになるという暗算がはいって、Tg/sとなる。

kg/sに名まえがほしい。水に限らずあらゆるものに適用される質量流量の単位だ。たとえばヘラクレイトスにちなんでHeとするとすれば、1 sverdrupの水の流れに対応する質量流量は 1GHeということになる。

スヴェルドラップ・バランス

単位とは別に、同じ人の業績にちなんだSverdrup balanceという海洋学の専門概念もある。Wikipedia日本語版では「風成循環」の記事の中に「スヴェルドラップバランス」という見出しが立てられている。これは

β v= f ∂w/∂z

のような形のつりあいだ。ただし∂は偏微分記号、vは流速の南北成分、wは流速の鉛直成分、zは鉛直座標、fはコリオリパラメータ、βはコリオリパラメータの南北傾度。これは地衡流平衡を前提としていて、太平洋のような大洋の大部分の循環について第1近似として成り立つのだが、黒潮のような西岸境界域では成り立たない。【[2012-08-25補足]この「西岸」は、太平洋のような大洋の立場で、西にある陸との境界をさしている。】

大気中でも惑星規模(「総観規模」の記事参照)ではこのつりあいが第1近似で成り立つ。気象むら(のうちでもこのことを話題にするのは気象力学むらに限られるかもしれないが)では、これをSverdrup balanceという人もいるが、むしろ大気についてこの関係を論じた人にちなんでBurger balanceという人が多い。

シーベルト

さて、SI単位のSv、sievert (シーベルト)について、少し調べた。これは生体の放射線被曝による生物学的影響の大きさ(線量当量)の単位だ。これの基礎に「吸収線量」があり、単位はGy、gray (グレイ)でJ/kgに等しい。GyからSvへの換算係数は無次元なので、Svも物理量の次元としてはGyと同じだが、線量当量は物理量とはいいがたいので単位を区別したようだ。

これはRolf Maximilian Sievert (ロルフ・マキシミリアン・シーベルト, 1896年-1966年、スウェーデンの物理学者、放射線が人体に与える影響についての研究で知られる)にちなむものだそうだ。SievertとSverdupは同時代に隣の国に生きた人であり、放射性同位体の動きは海洋学にとっても重要な課題だったから、「面識がある」ところまで行ったかどうかはわからないが、同じ場にいたこともあっただろうと思う。

文献など

  • A.P. Burger, 1958: Scale considerations of planetary motions of the atmosphere. Tellus, 10:195-205. [わたしは修士課程のとき読まされた]
  • Eric L. Mills, 日付がないがおそらく1989年: Harald Ulrik Sverdrup 1888-1957. h t t p://www.agu.org/honorsprogram/bowie_lectures/sverdrup.shtml http://honors.agu.org/bowie-lectures/harald-ulrik-sverdrup-1888-1957/ [2014-06-26リンク改訂]
  • H.U. Sverdrup, 1947: Wind driven currents in the baroclinic ocean; with application to the equatorial currents of the eastern Pacific. Proc. National Academy of Science USA 33:318-326. [わたしは直接読んでいない]