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SPEEDIなどの気象シミュレーションはどういう意味で避難の助けになるのか

1月4日の記事の補足。2011年7月15日の記事(その1)のまんなかあたりに書いたことと重なるが、もう少しだけ詳しく述べる。

原子力事故によって大気中に放出された放射性物質が大気によってどのように運ばれるかのシミュレーションの結果は、避難の計画をたてるうえで参考になる。しかし、期待しすぎてはいけない。

ここでは、SPEEDIのように、空間スケール数十kmの地域を、空間間隔1 km程度の升目に分けて計算するシミュレーションを考えてみる。対象とする時間スケールは放出後数時間だ。たとえば、空間スケールを50kmとし、代表的風速を5メートル毎秒とすれば、対象地域を風が吹き抜けるのにかかる時間は3時間となる。

「初期値」として、シミュレーション開始時刻の、対象領域のすべての升目の風・気圧・気温などの気象変数の値を与えてやる必要がある。数十kmの広がりの大まかな分布ならば、観測値を内挿して与えることができる。ただし、観測値が集まるのに数時間かかるので、ほんとうにリアルタイムのシミュレーションをしたいのならば、気象変数のシミュレーション開始時刻は現在よりも数時間前にとる必要がある。さらに、シミュレーションを継続するあいだ、空間領域の端(とくに風上側)での条件を与えてやる必要があり、それが未来のことならば観測値はないのでひとまわり大きい数値モデルで予測された気象変数に頼るしかないが、初期値を与える段階でよい観測値が使えるならば、数時間の予測値は使いものになることが多い。

このようなシミュレーションの結果を、空間間隔10 kmで大まかに見れば、たぶん風の予測はうまくいっているだろう。さらに、空間間隔1 kmぐらいで見ても、雷雨をもたらす積乱雲のような激しい現象が起きていなければ、風の分布の特徴は、大規模な気象状況で決まったものが障害物としての地形の影響を受けて変形したものにちがいないので、その特徴も現実的と言ってよいかもしれない。

そこで、汚染物質の放出量が正確にわかっていないとしても、いつ、どのくらいの高さまで持ち上げられたかが見積もられていれば、それが時間とともにどのように広がっていくかを知ることができる。汚染物質濃度の高い空気の塊に出会う可能性が高いとき・ところを予想して避けることができるという意味で、避難の助けになるのだ。

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もう少し長期的(数十日から数百日)に人が受ける放射線にとっては、風によって運ばれた放射性物質が地上に落ちたものがどこにどれだけ分布するかが重要だ。そして、その分布は均一でなく、むらがある。さらに、大まかな地図で見て一見均一に見えても、拡大するとむらがあることがわかっている。【このことはたとえば徳田(2011)『震災と情報』(岩波新書)で論じられている。ただしわたしはその本の「自己相似」という用語を使った説明は不適切だと思う。「自己相似に似たところがある」ならばよいが。】 むらの原因のひとつは、大気の運動に、さまざまなスケールの渦が含まれていることだ。 もうひとつの原因は、地上への放射性物質の沈着の多くの部分が、雨や雪などの降水に伴って起こることだ。そして、降水を起こすような雲がいつどこに形成されるかは、確率的には予測できるが、個別には予測できない。(降水をもたらす雲は大気中の水蒸気の場に対する破壊現象ととらえることができ、その予測可能性は地震の予測可能性と定性的に似ている。)

【ご注意: この先に書くことは、放射能に関してもこのスケールの気象シミュレーションに関しても実地経験がない者の推測なので、定量的に正確ではないかもしれない。】

SPEEDIなどのモデルで単位量(たとえば毎時1ベクレル)放出を仮定したシミュレーションを多数行ない、放出源近くの線量の観測から放出量の時間的変遷を推定し、地上での汚染物質量あるいは線量の観測値を使って較正することによって、地上での汚染物質量あるいは線量の推定分布図が作られている。その分布は、10 km四方くらいの区間でまとめて大まかにとらえれば、有用だと思う。10 km四方の内側を1 km刻みで見ても、汚染物質量あるいは線量の不均一があるだろう。そのくらいの不均一が存在しうるという意味では参考になるかもしれないが、シミュレーションによる分布図で汚染物質量あるいは線量が多く見える場所が現実に危険性が高いとは限らない。1 kmスケールの特徴を知りたいのであれば、汚染物質量あるいは線量を実際に観測した値によらなければならない。あるいは、もし大量放出があってから数時間の雨や雪の分布が詳しく観測されていれば、それも参考になる。

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もうひとつ、いったん地面に沈着した汚染物質が、たぶん土壌の細かい粒子(土ぼこり)ごと、空気中にまきあげられて運ばれる、というしくみも働いたようだ。まきあげられた量と粒子の大きさがわかれば、それからどう運ばれるかの計算はできると思うが、いつどこでどれだけまきあげられるかの見積もりがとてもむずかしい。