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SPEEDIが活用されなかった原因、そして今後の原子力防災と規制行政の関係は?

2011年12月26日、政府の「東京電力福島原子力発電所における事故 調査・検証委員会」(畑村委員長)の中間報告が出された。 http://icanps.go.jp/post-1.html の下にPDFファイルの形で置かれている。まず概要 (ファイル名 111226HonbunGaitou.pdf はyとtをとりちがえたままになっているようだ)に目をとおしてみた。

気象学を専門とする者としては「SPEEDI」が活用されなかったことが気にかかるので、まずそこについて見てみた。なお、この中間報告を見る前のわたしの考えは2011年12月5日の記事や、(それとかなり重なる内容だが)2011年7月15日の記事(1)(2)に書いている。

5 被害の拡大を防止する対策の問題点
(2) SPEEDI活用上の問題点
SPEEDIの計算の前提となる放出源情報が得られず、放出源情報を基にした放射性物質の拡散予測はできなかった。
しかし、SPEEDIにより、単位量放出(1 Bq/hの放射性物質の放出)を仮定した計算結果 ... が得られていた。この計算結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するにすぎないものであったが、仮にこの情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができたと思われる。
... [災害対策本部も、保安院も、文部科学省も] SPEEDI情報を広報するという発想を有していなかった。...
(3) 住民避難の意思決定と現場の混乱をめぐる問題
[官邸5階で] 避難対策の検討を行う際、SPEEDIの活用という視点が欠落していた。...
また、3月16日以降、SPEEDIの活用主体(計算結果の公表主体も含む。)について、同省{=文部科学省]と安全委員会との間で整理がしきれないままに事態が推移し...

そして、前にさかのぼると次のような指摘がある。

3 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
(2) 原子力災害対策本部の問題点
a 官邸内の対応
官邸5階[事故対応についての意思決定が行われていた]と地下の緊急参集チーム[各省庁の局長級幹部職員]とのコミュニケーションは不十分なものであった。

概要だけでなく本文7章にも目をとおしてみたのだが、単位量放出を仮定したシミュレーションの結果を避難準備に役立てる方法を、文部科学省では考えていたのだがコミュニケーションが悪くて官邸5階に伝わらなかったのか、文部科学省でも具体的に考えていなかったのかはよくわからなかった。

ともかく、(気象学会理事長メッセージへの反論が出なかったことから推測だが)多くの気象学会員は、気象災害や地震の場合の気象庁に対応する機能をもった原子力防災情報発信主体が政府の中に作られていると思っていた。ところが現実にはできていなかったのだ。

それは筋としては原子力災害対策本部の機能だが、本部が指示して実務は専門機関にさせるのが適当だろう。実際、SPEEDIの計算(単位量放出など)は、どの役所が担当するかの混乱はあったものの、原子力安全技術センターに指示して実行させることができたのだった。しかし、その結果を現地に提供することを本気で担当する主体がつくられていなかった。

今後の原子力防災のためには、防災の意思決定をする主体とともに、情報を提供することを職務とする主体を明確にし、両者の連携体制をつくることが重要だろう。

中間報告要旨にも、次のようなことが書かれている。(箇条書きの番号は○でかこんだ数字になっているのだが、文字化けを避けるため○のあとに数字を書いた形で引用する。)

8 原子力安全規制機関の在り方
当委員会は、政府に対し、以下の事項に留意しつつ、新組織の設置に向けた検討を進めることを要望する。
○1. 独立性と透明性の確保 ...
○2. 緊急事態に迅速かつ適切に対応する組織力 ...
○3. 国内外への災害情報の提供機関としての役割の自覚 ...
○4. 優秀な人材の確保と専門能力の向上 ...
○5. 科学的知見蓄積と情報収集の努力 ...

ところがここで「安全規制機関」というものの性格があいまいであることに気づいた。箇条書きのうち、○1は原子力事業を規制する行政組織が念頭におかれており、したがって、それを原子力事業推進の行政組織と切り離せという注文がつけられているのだ。○2は、原子力災害対策本部ができた場合に、権限上は総理大臣を支援する立場で、実務的な意思決定にかかわる組織に対する注文だ。○3は、その下で情報発信の主体となる組織に対する注文だ。(○4、○5はそのいずれにも関係するだろう。)

今の経済産業省の「原子力安全・保安院」の組織図 http://www.nisa.meti.go.jp/nisa/honbu/index.html で課の名まえを見るかぎり、原子力の規制を担当すると言ってよさそうな課は5つあるが、防災(事故・故障対応を含む)を担当するのは原子力防災課ひとつだけなのだ。文部科学省 http://www.mext.go.jp/b_menu/soshiki2/04.htm は両方あわせて原子力安全課だけのようだ。原子力規制も強化が必要だと言われるが、原子力防災はもっと強化が必要だ。

どなたの意見か記録していないのだが、利害衝突を避けるべきだという理屈で、原子力の規制行政と推進行政とを切り離すだけでなく、規制行政と防災行政とをも別組織にするべきだという意見を見かけた。理屈はわかる。しかしわたしはむしろ、ただでさえ乏しい資源である専門職公務員の職場をこまぎれにすることで能力が発揮できなくなることのほうをおそれる。

わたしは(行政組織に関してはしろうとにすぎないが)、「原子力安全庁(仮称)に、規制、防災意思決定支援、防災情報発信の3つの違った機能を持った部門を置く」というのが適切だろうと思う。別案としては、「防災に関する両機能は原子力安全庁から切り離し、原子力に限らない国の防災行政の一環として実施する」ことだが、その場合は、国土交通省傘下の気象庁海上保安庁もまきこんだ防災関係官庁再編成が必要となるだろう。