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万能薬症候群

世の中に、科学的に考える人の多くがまちがっていると判断する言説が、流行することがある。

まちがい自体は常にありうることだ。まずいのは、ある言説に対して、批判が起こっても、その言説の信奉者がそれを聞こうとしなくなることだ。

こういうことは、いろいろな場合に起こりうるが、たびたび起こりがちなのは、「これこそ、人間社会のかかえるさまざまな問題を解決できるものだ」という言説が流行することだ。

一例として、(比嘉照夫氏の)「EM」がある。この場合のEMは電磁気ではなくて、「有用微生物群」だそうだ。なまごみを堆肥にすることができるが、その過程で微生物が働いていることは確かだ。自然の川や湖でも、また人間の体内でも、微生物が働いているにちがいない。しかし、堆肥をつくる際に有用な微生物群そのものを、川に放流したり、人が食べたりして、有用な効果があると考えるのは飛躍がある。むしろ、害があるおそれがある。

なぜこんなものが流行するかと考えてみる。人は、病気そのほかのさまざまな問題を解決してくれるものを望んでいる。できれば多くの問題を一挙に解決してくれる万能薬を望む。科学の専門的研究から解決がもたらされることもあるのだが、たいてい、細分された狭い問題の解決にしかならない。その中で、ある種類の問題の解決策が他のある種類の問題の解決にも役立ったという報告があると、それが偶然にすぎなかったとしても、その策が、もっといろいろな問題にも効果があるのではないかという期待が高まってしまう。効果があるという報告が感動を伴って伝えられ、効果がないという報告は静かなのであまり伝わらない。信奉者の集団が形成される。それ以後に集団外から効果がないとか害があるという報告があっても、集団に対する敵意とみなして内容にとりあわなくなる。... という経過ではないだろうか。

ここで「信奉者」として、その策がほんとうに万能薬だと思いこむ人々を考えたのだが、実際には、うそを承知で宣伝する人が混ざっているかもしれない。半信半疑だがひとまず賭けてみようと思う人もたぶん混ざっているだろう。

フード・ファディズム (food faddism)ということばがあるそうだが、これのかなりの部分は、特定の種類の食べ物を、ここでいう「万能薬」とみなしてしまうことにあたると思う。(別の部分として、有害とみなされる成分の量がゼロであることを求め、微量だから問題ないと言っても許さない、という態度の問題もあるが。)

英語圏で「silver bullet」(銀の弾丸)という表現を見かけることがある。これは伝説上の武器の比喩で、もし見つかれば強力(ここでいう「万能」)にちがいないのだが、実際には得がたいものをさすようだ。「snake oil」という表現もあって、これは実際に漢方薬として蛇の油が使われたことからきているそうだが(「ガマの油」とはだいぶ違うものらしい)、あやしげなものが万能薬として宣伝されている状況で使われる表現のようだ。

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さて、「地球の気候が温暖化する」という言説が広まっているのも、ここでいうまちがった言説の流行の一つだろうと思う人もいるかもしれない。

すでに、この言説の信奉者になって批判に耳を貸さなくなっている人もいるのかもしれない。また、科学者のうちには、忙しくて批判につきあっている余裕はないと感じる人もかなりいる。しかし少なくとも一部の科学者は、批判につきあって、逆に批判を返したり、反省したりしている。

他方、この言説に反対する言説の信奉者になって(あるいはなったふりをして)それへの批判に耳を貸さない人がいる。

二酸化炭素排出削減が一種の万能薬扱いされていると言えなくはない。しかし、これは安い薬ではなく、副作用があることも明らかだ。万能薬信奉に乗って流行するとは思えない。