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種とニッチの共進化

「種(しゅ)とニッチの共進化」という語句をどこかで聞いた(あるいは読んだ)と思うのだが、どこだったか思い出せない。あるいは、別の形で述べられていたのをわたしが表現しなおしてしまったのかもしれない。

わたしは生物の進化に関心はあるのだが、それに関する本を読むことは、優先順位をあげることができないままになっている。ただし、おそらく中学・高校生のころ、まだ著者がだれか意識しなかったころに読んだ本の影響で、進化は生態学と関係の深い概念だという連想がしみついている。

【1973年に高校の新しい「生物1」の教科書を見た。DNAが遺伝子であることを正面に出していた。当時の研究者の常識が新たに教育現場におりてきた現代化だと思う。しかし、環境問題が意識されていた時代でもあったのだが、生態学の概念は少人数しか選択しない「生物2」に行ってしまったのを見て、とても残念に思った。それ以来、生態学は衰えてはいないものの、生物科学と言えば分子レベルの話が主流となり、個体以上のスケールを扱う分野は古くさいと見られてこなかっただろうか。進化にとってDNAの変異も重要にはちがいないが、DNAを見ていただけでは進化がわかるはずはないと思う。】

「種とニッチの共進化」についてわたしが持っているイメージは次のようなものだ。たとえば森林にすむ動物には樹冠にすむもの、落葉落枝中にすむものなどがいる。樹冠とか落葉落枝とかいうニッチは木という植物の進化によってできた。そして、木と動物は共進化してきた、あるいは木と動物を含む生態系が進化してきたと言えるだろう。

きょう、Odling-Smeeほか『ニッチ構築』という本(日本語版)を見た。わたしのいう「種とニッチの共進化」と関係あることが書かれているようだ。ただしわたしはこの本をこれまで知らなかったし、この本やその著者について書かれたものを意識して読んだこともなかった。

わたしが「種とニッチの共進化」を意識したのは、たぶん2001年、Kuhn (2000)の本の本全体と同じ名前の章(科学的知識の進化論)で、生物は環境に適応するとともに環境を作りかえるのだ、という考えについて読んだときだった。Kuhnは参考文献にLewontin (1978)の「適応」に関する解説をあげており、わたしは2006年にこの解説を読んで関連部分の趣旨を確認した。『ニッチ構築』の訳者(佐倉氏)あとがきにも、文献は違うがLewontinへの参照がある。ただし、Kuhnの本を読んだとき、この概念に出会うのは初めてではないと感じたのだが、前にどこで出会ったのかが思い出せなかったのだ。

のちに熊沢ほか(2002)の本が出た「全地球史解読」研究プロジェクトの初期(1995年ごろだろうか)、「生命と地球の共進化」ということばがよく聞かれたのは確かだ。たとえば、酸素を主成分のひとつとする大気の形成(Darwin型進化ではないが地球惑星科学ではこれを大気の「進化」という)と、酸素を消費する生物・酸素を生産する生物からなる生態系の形成が、相互に原因でもあり結果でもあることは、1990年代なかばの時点では、科学者の間であたりまえのことになっていたと思う。しかし具体的な因果関係は謎であり、先端の研究課題だった。ただし、具体的な因果関係は全地球平均の量だけではすまず、具体的な場所を考える必要がある。その場所(の特徴)自体が生物によって形成された可能性がある。それをだれかが「ニッチ」と言ったかもしれないし、わたしの頭の中で「ニッチ」概念との連想が起きたかもしれない。

今西進化論は生命の本質のようなものに関する思弁になってしまった面もあるけれども、科学の問題として生態学と進化を関係づけて考えるヒントを含んではいると思う。それを表現しなおすとこのあたりにくるのではないだろうか。佐倉氏の訳者あとがきでも今西進化論に簡単にふれている。

文献

  • 熊澤 峰夫, 伊藤 孝士, 吉田 茂生 編, 2002: 全地球史解読東京大学出版会
  • R.C. LEWONTIN, 1978: Adaptation. Scientific American, 239 (No. 3, Sept. 1978), 156-169.
  • F. John ODLING-SMEE, Kevin N. LALAND, Marcus W. FELDMAN, 2003: Niche Construction: The Neglected Process in Evolution. Princeton University Press. 日本語版: 佐倉 統, 山下 篤子, 徳永 幸彦 訳 (2007): ニッチ構築 -- 忘れられていた進化過程共立出版, ISBN 978-4-320-05647-3. [わたしは見たが読んでいない。]
  • Thomas S. KUHN著, James CONANT, John HAUGELAND 編, 2000: The Road since Structure -- Philosophical Essays, 1970 - 1993, with an Autobiographical Interview. University of Chicago Press [わたしはこの版を読んだ。]. 日本語版: トマス S. クーン著, 佐々木 力 訳 (2008): 構造以来の道みすず書房[読書ノート(補足1)]