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人工光合成(という概念)は分解してみる必要がある

(1月5日に、菊池誠さんのkikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事へのコメントとして書いた内容ですが、少し整理して出しなおします。)

2011年1月初めに、ノーベル賞をもらった有機合成化学者が中心となって、人工光合成の研究を推進する、それは地球温暖化の対策として役立つと期待されている、というような報道があったようです。ただし、わたしは、そこでいう人工光合成の意味を確認していません。

その件に限らずに考えたことですが、人工光合成と呼ばれる化学反応の研究はいろいろあり、目的によって、だいぶ違う種類の知識が必要になってきます。

「光」をエネルギー資源とすることが重要なのでしょうか、むしろ「人工炭酸同化」というべきものでエネルギー資源が光である必要はないのでしょうか? 後者だとしても、材料物質が二酸化炭素であることが重要か、結果として得られる物質が重要かの重みづけによって目標は大きく変わってきます。わたしは、次の3つを、いくらかの関連はあるがまったく別々の課題として追求するべきだと思います。

(1) 太陽光をエネルギー資源として利用して、化学反応を自発的に進まない方向に進め、人間社会にとって有用な物質を生産する。

(ここではエネルギー資源を化学熱力学でいう「自由エネルギー」の源と考えます。太陽光はそういう意味でエネルギー資源と言ってよいと思います。太陽光に伴うエントロピーについては、前にkikulogの「熱力学についての小文・テキスト」の記事のコメント欄で話題にしたものの未解決のままですが。)

おそらく、太陽光を受けて水素または自由電子を発生する反応で実用化可能なものを見つけることが特徴的課題で、その水素または自由電子のもつ自由エネルギーを消費しながら合成反応を進めることは(それなりに挑戦課題ではありますが)従来ながらの合成化学ではないでしょうか。

(2) 燃焼排気中または空気中から二酸化炭素を吸収して別の物質に変えることによって、大気中二酸化炭素量増加抑制に貢献する。

これは温暖化軽減の側からは期待される技術ですが、エネルギー資源が必要なことは明らかで、それが化石燃料であっては意味がありません。

ここで(1)で開発される太陽光利用技術が使えてほかのエネルギー資源を使わなくてすめば、確かにありがたいです。ただし「別の物質」としてあまり複雑なものが期待されていないので、それを作ることは高度な合成化学とは言えないと思います。しかし、二酸化炭素を取りこむことと、長期貯蔵に適した物質を作ることとを一気におこなうことはむずかしく、別の段階としておこなうことになると思います。作業物質として、ある条件では炭素をしっかりつかまえ、別の条件では炭素を手離しやすい物質がほしいのです。そういうものを設計することや実際に合成することは高度な合成化学の挑戦課題になるでしょう[この段落2011-01-30改訂]。

(3) 二酸化炭素を原料物質として人間社会にとって有用な物質を生産する。

こちらは高度な合成化学技術の課題になるでしょう。
当然エネルギー資源の投入が必要であり、その必要量は石油などの炭化水素を原料物質とする場合よりも多くなるでしょう。エネルギー資源として太陽光を使えるならば(1)も兼ねることになります。

もちろん(2)の「別の物質」が有用な物質であれば(3)の目標も満たせる夢の技術になるわけですが、夢だと思っておいたほうがよいと思います。現代の人間活動が出す二酸化炭素の質量は有用な物質それぞれの需要よりずっと多く、また二酸化炭素をとりあえずじゃまにならない物質に変えるのに比べてそれを有用な物質に変えるには自由エネルギーをたくさん必要とするでしょう。