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台風の名まえについて

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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「台風」とはなにかについては、[2012-06-15の記事]を見てほしい。

西暦2000年以来、それぞれの台風に、国際的な約束で、名まえがつけられている。これについての公式な説明は、気象庁のウェブサイトの「台風の番号の付け方と命名の方法」のページ https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-5.html にある。

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この約束を決めた「台風委員会」は、14の「国等」で構成されている。ここで気象庁が「国等」と言っているのは、世界気象機関(WMO)に加盟している国・地域のことで、香港・マカオはそれぞれ含まれているが、台湾は含まれていない。また、アメリカ合衆国も対象地域の国としてはいっているのだが、それは、直轄領のグアムがあるとともに、パラオ、マーシャル諸島などの気象業務を引き受けているからでもある。

名まえをつける対象は、北西太平洋で 英語でいう Tropical Storm (TS) 以上の強さに達したもので(Typhoonも含むがそれだけではない)、日本でいう「台風」と同じとみてよい。

名まえは、あらかじめ14の「国等」が10個ずつ出し合ってつくった表から、順番につけていく。表はくりかえし使うのだが、大きな被害を出した台風の名まえは再利用せずにほかの名まえに入れかえることがある。

名まえにどんなことばを選ぶかは、それぞれの「国等」にまかされている。日本が提出したものは、いずれも「星座の名まえ」とされていて、それ以上の説明はない。2018年の台風14号は「ヤギ (Yagi)」となる予定だが、その名まえの根拠は「やぎ座」であって、動物のヤギとの関連は示されていない。

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2018年の台風13号は、ローマ字では Shanshan、カタカナでは「サンサン」とされている。これは香港が出してきた名まえで、漢字では「珊珊」なのだそうだ。「珊」の字は、漢語ピンイン(北京音にもとづく)では shān だが、広東音では「サーン」のような音(zh.wiktionary.orgによれば「粵拼:saan1」) なので、そのように読んでほしいという注釈があったらしい。(ただし、わたしは注釈の存在をたしかめていない。) なお、このほかの香港から出てきた名まえのローマ字書きは、必ずしも漢語ピンインではないようだ。

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日本では、台風は、年ごとに通し番号で「1号、2号...」のように呼ぶ習慣がずっと続いている。そして、国際的にも、TS以上には通し番号がつけられている。台風委員会のつける番号と各国の気象庁などのつける番号がずれてややこしいことになることもあったのだが、そういう事態は減ってきた。

他方、アメリカ合衆国では、(いつごろからか調べていないのだが少なくとも第2次大戦前後には) 強い熱帯低気圧に女の人の名まえ(first name)をつける習慣があった。第2次大戦後、連合国が日本を占領していた時代には、日本でもアメリカ軍が決めた名まえが使われ、大きな災害をもたらした台風はその名まえで記憶されていることがある[つぎの 3X 節参照]。(ただし、アメリカ合衆国が国の制度として女の人の名まえをつけるようになったのは、NOAAのサイトの次のページによれば、1953年からだそうだ。https://www.nhc.noaa.gov/aboutnames_history.shtml )

しかし、1970年代までに、熱帯低気圧を女性あつかいするのは変だという議論が強くなり、アメリカ合衆国のNOAAでは、1978年(海域によっては1979年)から、男女の名まえを交互に使うことに変えた。

このアメリカの方式は、年ごとに、アルファベットの A から順にそれぞれの文字ではじまる名まえを使うものだ。あらかじめ複数の年のためのリストを用意してある。

北西太平洋の台風については、(ながらく、アメリカがつけた名まえはあったものの、国際的には番号だけだったのだが) 関係国のいろいろな意見を時間をかけて調整して制度をつくったようだ。各国による名まえは、人名、地名、神話・伝説上の存在、動物など、さまざまだ。こちらは、年ごとに表の列のあたまにもどることはなく、140個の名まえを順につかう。

そのうちで日本の気象庁の選択は、星座の名まえの一覧表から、ギリシャ神話などの固有名詞に由来するものは はずしているが、生物だろうが無生物だろうが無頓着、日本古来のことばだろうが近代に加わったものだろうが無頓着、明るい星があってみんなが知っている星座だろうが明るい星がなくて近代の天文学者が便宜上つくった星座だろうが無頓着に、抜き出したもののようだ。やる気がないがしぶしぶ、しかし失礼のないように対応したのでこうなった、と感じられる。日本の地名を使えばそこに被害をもたらした台風とまぎらわしいし、日本の神話・伝説上の存在や歴史上の人物の選択は政治思想がらみの賛否の論争になりうるので避けたいだろう。引き続き番号だけにしておきたいところだが、それが許されない状況なので、番号と同じ程度の連想しかひきおこさない名まえを出したのだと思う。(ただし、気象庁の担当者の考えをたしかめたわけではなく、これはわたしの想像にすぎない。)

この記事を「気象むらの方言」のカテゴリーに含めることにしたが、実際は、日本語圏に関する限り、台風を番号でなく名まえで呼ぶのは、気象専門家集団ではなく、その外の人がおもだと思う。

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第2次大戦後の日本に災害をもたらした、アメリカ軍がつけた名まえで知られている台風を、Wikipedia日本語版 (2018-09-07現在) 「Category: 昭和時代の台風」に含まれた記事にもとづいて、一覧にしてみた。

かたかな表記英語表記台風番号(日本)アメリカ名相当番号
カスリーンKathleen1947911
アイオンIone1948219
デラDella194924
ジュディスJudith1949910
キティKitty19491011
ジェーンJane19502810
キジアKezia19502911
ルースRuth19511517
ジュディJudy1953210
ここにあげた台風番号は日本の中央気象台(気象庁の前身)がつけたものである。当時のアメリカ軍の名まえのつけかたは、頭文字がアルファベットのAから順に(Q, U, X, Y, Zを除いて)ならんだ名まえの表を用意しておき、Tropical Storm (TS)以上の強さになったものに年ごとにAから順につけていった。したがって、たとえば、 J ではじまる名まえは10号、Kではじまる名まえは11号に相当する。日本の「台風」とアメリカの「TS以上」の基準は同じはずだが、当時の中央気象台とアメリカ軍とでは個別の熱帯低気圧の強さの判定はだいぶくいちがっていた。

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台風に国際名と並列に国内名をつけている国もある。フィリピンがそうだ。フィリピンに大きな被害をもたらした2013年台風30号は、国際名は Haiyan (中国が出したもので「海燕」)、フィリピン名はYolandaだった。

小笠原高気圧?

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2018年6月26日に、「小笠原高気圧」ということばが話題になっているのを見た。

(その日が、小笠原諸島が第2次大戦後、アメリカ合衆国の施政下から日本に返還された記念日だったから話題になったのかもしれない。)

わたしは、1960年代の子どもとして、このことばを(たぶんテレビの天気予報や教育番組で)聞いたおぼえがある。その後、マスメディアの天気予報の用語としては「太平洋高気圧」、専門文献では「北太平洋高気圧」のほうがふつうになった。

第2次大戦前の日本の気象学・気候学では、観測とその通報がまだとぼしかったので、東アジアとそのすぐ沖の西太平洋だけが視野にはいっていた。そこで「夏には小笠原高気圧が出現する」とか、「梅雨前線は(東日本では)小笠原高気圧とオホーツク高気圧のあいだにある」とかいう記述がされたのだ。

第2次大戦後、太平洋全体に視野がひろがると、小笠原高気圧とよばれたものは、([前の記事]で述べた亜熱帯高圧帯の部分である) 北太平洋高気圧のうち西の端に近い部分と認識されるように変わってきた。

わたしは、地上気圧の2次元分布で論じるかぎりは、「小笠原高気圧」という表現は不適切だと思う。

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端に近い部分だからこそ、年々変動や季節内変動で「高気圧におおわれている」とはいえない状態になることもあるから、季節予報などの立場では重要な地域なのだと思う。

小笠原諸島の人間社会に視点をおくと、この年々変動が生活に影響を与えている。松山(2018)が、2016年5月-2017年4月の少雨(干ばつ)について報告している。この場合は、小笠原諸島からみて南西のほうの気圧が高くなっていたのだ。

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しかし、現代でも「小笠原高気圧は北太平洋高気圧とは別ものだ」という主張がある。

わたしは、中村 尚[ひさし]さんの著書で、そのような主張を見た。その理屈はおよそ次のようなものだ。北太平洋高気圧は、背の低い高気圧だ。対流圏のうち下層では高気圧だが、上層では高気圧でない。小笠原高気圧は、背の高い高気圧だ。対流圏の下層でも上層でも高気圧なのだ。

中村さんの考えは、3次元的な構造に注目したものなのだ。それが可能になったのは、第2次大戦後しだいに上空(「高層」)の気象観測が充実してきたからだ。

中村さんが指摘している上層の気圧の特徴を、わたしは1980年代に聞いている。しかし、それを説明した人(気象庁の、当時の表現で「長期予報」、いまの表現で「季節予報」の担当者だったと思う)は、「背の高い高気圧」という表現はしなかった。夏の対流圏上層には、(チベット高原あたりを中心とする)「チベット高気圧」がある(これは当時あたらしい知見だった)。日本南方の小笠原あたりは、上層でチベット高気圧、下層で北太平洋高気圧に覆われて、対流圏全層で高圧部になることが、比較的おこりやすい、というような表現だった。

大気は連続体なので、どこからどこまでの構造に名まえをつけるかは、記述する人の主観によってしまうことがさけられない。わたしは、背の高い小笠原高気圧があるという認識も、下層の北太平洋高気圧の西端部と上層のチベット高気圧の東端部がかさなっているという認識も、同程度にもっともで、どちらがよいかは、それを使った説明の有用性で判断すればよいと思う。

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高気圧の名まえに「小笠原」という地名を使うことには、いくらか不安がある。

この高気圧の中心は、かならずしも小笠原諸島付近ではなく、たとえばマリアナ諸島あたりとか、フィリピン海とかにあることもあるだろう。

世界地図スケールで、大まかに見るのならば、それでも「小笠原高気圧」(英語ならばBonin High)でよいとされるだろう。アリューシャン低気圧が、南に北緯40度ぐらいまでひろがってきても、そう呼ばれるのと同様だ。

しかし日本にすむ、地球科学専攻でない人の感覚では、高気圧の中心が、小笠原諸島からはなれると、「小笠原高気圧」と呼ぶのが不適切だと感じるのではないか?

もっとも、沖ノ鳥島南鳥島(マーカス島)も、自然地理上の小笠原諸島ではないものの、行政上の小笠原諸島(東京都 小笠原村)の内なので、そのあたりまでならば、「小笠原高気圧」と呼ぶことはゆるされるだろうが。

文献

亜熱帯高気圧、亜熱帯高圧帯、(勧めたくない用語) 中緯度高圧帯

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【便宜上「気象むらの方言」のカテゴリーに入れたが、むしろ「気候学むらの方言」の話題である。】

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近ごろ、世界の気候の重要な部分である「亜熱帯高圧帯」のことを話題にしたとき、それが中学・高校の地理の教材で「中緯度高圧帯」とよばれている、と聞いた。

【山本・尾方(2018)によれば、高校の教科書のうち、地学の7種の用語はいずれも「亜熱帯高圧帯」だが、地理では両者を併記したもの5種、一方だけのものそれぞれ2種となっている。論文は見たのだがこの件は見落としていて、著者から教えていただいた。】

そういえばわたしが少年時代に読んだ地理の本にもそういう用語があったというおぼろげな記憶があるが、おとなになってからその用語を見た記憶がない。ただし、わたしが読んだ本にそういう用語が使われていなかったとは言いきれない。ただ気にとめなかっただけかもしれない。

ここでいう高圧帯のひろがりはおよそ緯度15度から40度くらいまでだろう。「中緯度高圧帯」という表現はうまくないと思う。

「中緯度」ということばの定義は一定していない。しいていえば、0度から90度までを三等分して30度から60度までを中緯度ということもできる。

また、(赤道近くと極近くに住んでいる人以外は) 自分が住んでいるところを「中緯度」として認識する人が多いようだ。

それで思い出すのは、ソ連(当時)のアリソフ(Alisov, 著書のドイツ語版でのつづりはAlissow)の気候区分では、亜熱帯高圧帯にあたるところが「熱帯気団」とされていて、温帯低気圧帯にあたる「寒帯前線」(英語ではpolar front)の高緯度側にある「寒帯気団」の別名が「中緯度気団」とされていたことだ。ロシアに視点をおけばロシアの人口の多くがすむところが中緯度なのだろう。[わたしはアリソフの著書はドイツ語版で見たのだが読んでいない。アリソフの気候区分に関する知識はおもに鈴木(1975)による。]

それにしても、日本のうち九州から関東にかけてのほぼ東西にのびた地方は、夏にはこの高気圧におおわれることが多いが、冬にははずれる。そこに住む人にとっては、この高気圧はどちらかといえば低緯度側からやってくるものなのだ。

北大西洋のアゾレス高気圧や、北太平洋高気圧の東端に近いところでは、緯度40度くらいになるから、そのあたりに注目した場合は「亜熱帯」は適当でないという考えもあるかもしれない。

しかし、世界全体を見わたした場合と、日本付近に注目した場合の呼びかたは、「亜熱帯高気圧」「亜熱帯高圧帯」でよいと思う。

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亜熱帯高気圧は、帯状になっているというよりも、おもに海上で等圧線がとじた高気圧の形になっているから、「亜熱帯高圧細胞[複数]」とよぶべきだ、という考えがある。

わたしの記憶ちがいでなければ、鈴木秀夫先生が、気候学の講義で、この考えを肯定的に伝えていたのだ。

わたしには、アリソフの気候区分をも肯定的に伝えていたことと、一貫しないような気がした。アリソフの「熱帯気団」の「熱帯」はドイツ語版の tropisch の訳語だから「帯」の意味は含んでいないが、その地図上の分布は、経度によって広がりが多少ちがうものの、全経度にわたっている。それが高気圧でもあるならば、「高圧帯」という表現も適切だろう。

あとで考えてみると、鈴木先生はアリソフの用語がよいと思ったわけではなく、アリソフの体系がすぐれていると思い、オリジナルを尊重する意味でその用語も紹介したのだと思う。また、アリソフの体系を紹介したときに、東西方向が一様でないことを軽視していることを欠点として述べていたとも記憶している。だから、「一貫しない」という印象は表面的にすぎないだろう。

わたしは、地図上の気圧分布が「細胞」的であっても、東西平均した気圧が高いならば「高圧帯」と言ってもよいと思う。北半球の夏の陸上に低圧部(モンスーントラフ)が出現するところでは、高圧帯がとぎれるというべきかもしれない。

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北太平洋それぞれの亜熱帯高気圧は、東太平洋に気圧の極大がある。おそらく、海洋(表層)の大循環の亜熱帯循環(subtropical gyre)で、海流が海の西側で高緯度へ向かう[北太平洋では黒潮]、東側で低緯度へ向かう[北太平洋ではカリフォルニア海流]ので、東側のほうが寒冷になっていることとの関連で説明できると思うが、わたしはまだ理屈を追いかけていない。

文献

(勧めたくない用語) 「薄い大気」

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わたしは、地球科学の授業で、大気と海洋を扱う最初の回に、「地球の半径にくらべれば、大気と海洋は薄い層です。」と言う習慣ができていた。それ自体の意味はまぎれないと思うのだが、あるとき、その続きで「薄い大気」という表現を使って、それは、わたしの意図とちがう意味に受け取られる可能性が高いことに気づいた。

わたしが使おうとした「薄い」は、「厚い - 薄い」の「薄い」であり、層状の物体の、層を横断する方向の長さ寸法が小さいことをさしている。英語ならば、thick - thin の thin だ。

(なお、「光学的に厚い - 薄い」という表現も使う。これは、物理量としての次元は長さではなく、無次元になるが、長さ寸法をさす意味から比喩的に派生したものだろう。)

ところが、「薄い」には、「濃い - 薄い」の「薄い」もある。英語ならばこれも、thick - thin の thin なのだが。こちらは、濃度(溶液の質量に対する溶質の質量の割合)が小さい、というのがもともとの意味だろう。気体の場合には、密度(体積あたりの質量)あるいは粒子数密度(体積あたりの粒子数)が小さい、という意味になることもある。

「薄い大気」はあいまいだが、「薄い空気」ならばあきらかに、「密度が低い」という意味にとられるだろう。

(「空気」と「大気」のさす対象は同じ物質なのだが、「空気」が物質であるのに対して、「大気」は、空間のある領域をその物質がしめることで成り立つ物体をさしている。)

地球の質量の大部分をしめる固体地球にくらべれば、大気は実際に密度が小さいけれども、それはわたしが言いたかったことではない。

わたしは、大気について「薄い」という形容詞を使うのをあきらめることにした。大気の層については、「深い - 浅い」(英語ならば deep - shallow )で代用することにした。密度が小さいほうは、「希薄な」と言うことにした。

- 補足 (2018-05-12) -

ある人から、大気の層の鉛直長さ寸法について、「高い」でよいのではないか、という示唆をいただいた。しばらく考えたのだが、わたしは、これではこの意味はつたわりにくいと思う。

気象の話題では、「高い - 低い」「高さ」「高度」は、点(寸法が無限小の対象)の鉛直座標値につかう。有限の長さ寸法をさすことはあまりない。

気象学用語に scale height というものはあり、この場合の height は、たしかに鉛直方向の長さ寸法だ。ただし日本語では、かたかなで「スケールハイト」だ。「.... 高さ」「... 高度」のような語はたくさんあるのだが、いずれも鉛直座標値で、scale heightはそれにはあてはまらないのだ。

「背が高い、背が低い」ならば、長さ寸法をさすこともありうる。しかしこれも、対象物の上の端(雲ならば雲頂)の位置座標をさすこともありうる。わたしは、どちらをさすととられてもかまわないときは使うことがある。学術文献ではあまり見ない。しかし、わたしが少年のころ読んだ、気象学者による入門書に、「背の高い高気圧、背の低い高気圧」が出てきたと記憶している。背の高い高気圧は対流圏の上部でも下部でも高気圧、背の低い高気圧は対流圏の下部でだけ高気圧なのだ。そこには登場しなかったが、対流圏上部だけの高気圧があったとしたら、それには「背の高い」「背の低い」のいずれも不適切であり、別の表現をしないといけない。

海や湖の場合は、「深い - 浅い」「深さ」「深度」も、点の鉛直座標値をさすことがありうる。鉛直長さ寸法をさすことと、どちらかに使いみちを限定してしまうことはむずかしく、文脈ごとに解釈しわける必要がありそうだ。

モンスーン、monsoon、季節風 (2)

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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「モンスーン、monsoon、季節風」について、[2014-07-07の記事 (ここでは「第1部」と呼ぶ)]を書いた。

それ以後に思いあたったいくつかの話題をそれぞれ書き出しておく。今回の記事全体としてのまとまりはない。第1部への補足として見ていただきたい。

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わたしのモンスーンに関する総論としては、2004年に「モンスーンとはなにか --グローバルにみたモンスーン、大気・海・陸間のエネルギー循環--」という講演をしたときのプレゼンテーション資料をウェブページの形で置いてある。また、大学での気候システム論の授業の教材ページ[モンスーン(季節風)]がある。ただし、いずれも、キーワードの箇条書きと図だけで、文章になっていない。文章にしておくべきだと、いま、あらためて思っているが、すぐにはできそうもない。ひとまずこの形で紹介しておく。

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南アジア(インド亜大陸)から東南アジアの北半球側の陸上のうち、面積でみて大部分の地域では、詳しい月日は地域によってずれるが、だいたい6月から9月が「夏のモンスーン」・「南西モンスーン」の時期であり雨季でもある。地上気温は雨季にはいる前の乾季の終わりごろのほうが高いから、「夏」という用語は注意して使う必要がある。そういう地域の全部ではないが多くのところで、乾季から雨季へのうつりかわりは急激で、モンスーンのonset (「入り」)として注目されている。

しかし、南アジア・東南アジアでも、陸地の東海岸地方(海岸から内陸に向かって200 kmぐらいまで)には、11月から2月ごろの「冬のモンスーン」・「北東モンスーン」による雨のほうが多いところが分布する。フィリピン東岸、ベトナム北部・中部、タイ南部とマレーシアのマレー半島東岸、ボルネオ島北岸、スリランカの東岸などだ。このような地域では「夏のモンスーン」の時期は、乾燥するわけではないが、相対的に乾季といえる。

このような地域の分布について、2010年に、海洋研究開発機構 地球観測データ統合・解析プロダクトウェブサイト「FIntAn」のうち「アジア域の格子点降水量データ」のページがつくられる際に材料を提供したが、このサイトは残っていない。[リンク先]は2013年にInternet Archiveに保存されたコピーである。その図1、図2の画像が小さすぎて不鮮明なので、大きな画像を用意した。

図に示されているもののもう少し詳しい説明はリンク先の記事を見ていただきたい。「冬のモンスーン」で雨が多いところは、「図2」で北緯20度から南で青または緑になっているところである。リンク先の「図3」で月降水量の季節変化のグラフを示したうちの「ベトナム フエ付近」はそのような地点の一例である。[2017-11-13 図を補足、2017-11-14 本文改訂]

次に文献として示す[講演予稿]の図では、11月(November)の降水量の多いところが、「冬のモンスーン」の降水量が多いところである。

文献

  • 増田 耕一, 松本 淳, 安形 康, Ailikun B., 安成 哲三, 2004: 東南アジア大陸部の気候的降水量分布。 日本気象学会2004年秋季大会講演予稿集, p. 100 (発表番号A359) [著者によるHTML版]

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(モンスーンを専門とする気象・気候研究者の用語の事例)

南アジアの「夏のモンスーン」が雨季である地域のうちでも、インドの西海岸、デカン高原ガンジス川中流域 (仮に「インド西・中部」とまとめておく)は、モンスーンの入り・明けの時期や季節内変動の位相が多少ちがうものの、年々変動では同調していることが多い。インド全体の降水量をまとめてその長期平均からの偏差を見れば、インド西・中部の特徴が見える。それに加えておそらく、イギリス領インドやインド共和国の政治の中心がガンジス川中流域のデリーにあることが続いたせいもあると思うが、「インドモンスーン」あるいは「アジアモンスーン」が、インド西・中部の雨の特徴で代表されてしまうことが多くなってしまっている。

しかし、降水量の極値の記録で知られるチェラプンジを含むメガラヤ州やアッサム・西ベンガルなどのインド北東部およびバングラデシュ(「インド亜大陸北東部」とまとめておく)は、やはり夏のモンスーン季がおもな雨季ではあるのだが、年々変動や季節内変動ではインド西・中部とは強弱が逆になることも多い。インドモンスーンの変動は、インド西・中部の雨の変動で代表されるものだけではないのだ。

今回の気象学会大会での研究発表を見て、このことをあらためて認識した。ただし、年々変動、30日から60日の周期帯の変動、10日から20日の周期帯の変動がからんでいて、ややこしい。研究論文を読んでから、あらためて紹介したい。

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(モンスーンを専門としない気象・気候研究者の用語の事例)

気象学会の別の研究発表で、「モンスーン」ということばを聞いた。それは、東アジアの広域大気汚染、とくに中国から大気汚染物質がいつどれだけ出てきているかに関する研究だった。その変動がモンスーンの変動と相関があるという話があった。その件はその研究結果の主要部分ではなかったようで、くわしい説明はなかった。図に「DJF」という字があった(と見えた)。これは12・1・2月にちがいないので、ここでいう「モンスーン」は冬の季節風の北風のことなのだろう。そして、日本語で話してはいたが見せていた資料が英語だったので、monsoon をそのまま「モンスーン」と言ってしまったので、はじめから日本語で考えていたら「季節風」と言ったかもしれないと思う。ただし講演者にたしかめてはいない。

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(気象・気候研究者でない人の用語の事例)

「モンスーン」や「季節風」ということばが、一般の世の中でどういうふうに使われているかも、知っておくべきだと思っているが、まだ意識して調べたことがない。

ただ、第1部を書いてまもなく(2014年)、たまたま「モンスーン」ということばを見かけて、それを書いた人がどういう意味で使っていたのかを追いかけてみたことが一度あった。

それは、持田 叙子[のぶこ]さんの文学評論の話題だった。わたしは文学評論を読むことはめったにないのだが、持田(2012)の本の最初の章「科学と神秘 -- モンスーンの国の書き手」(だけ)を読んだ。

持田さんは、泉 鏡花という作家を「アジアモンスーンに立地する郷土文学」だと言っている。そして、モンスーン地帯の代表的景観として「両棲類のすむ湿地帯の森」をあげている。ただしこの「両棲類」は、生物学でいう両生類(両棲類)であるカエルなどだけでなく、蛇、カニ、クモ、ヒル...を含むものだそうだ。南方熊楠の世界と共通するとも述べている。

そのような記述からわたしなりに解釈してみると、持田さんにとっての「モンスーン」は温暖湿潤な風土であり、季節によって乾湿が変わることでも、季節によってちがう風がふくことでもないようだ。

なお、持田さんは、鏡花との比較対象として、永井荷風にもふれている。荷風も日本の多雨と湿気に注目した。しかし荷風は都会を描き(その樹木も描いたが)、森(原生林)を描かなかった、ということだ。

気温・降水量などでみた気候はあまり変わらなくても、人間によって土地利用が変わると、持田さんのいう「モンスーン」の景観からは離れてしまうのかもしれない。(他の論者のうちには、水田こそモンスーンの代表的景観だとする人もいるが、わたしが読んだ範囲では、持田さんが水田をモンスーン的なものと見ているか、モンスーン的なものを破壊するものと見ているかは、わからなかった。)

文献

(勧めたくない用語) 層厚(thickness)、文字表現はあるが音声表現があやしい語

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文字表現はあるが音声表現があやしい語について[ひとつ前の記事]で述べた。そういうものは、気象の専門用語にもいくつもあると思うが、まずひとつ思いあたった例について述べる。

気象学会の研究発表を聞いていたら「そうあつ」ということばが出てきた。気圧に関連のある話だったから「-あつ」は「-圧」だと思ったのだが、「そう」が何かわからなかった。スクリーンに図などを示しながらのプレゼンテーションだったので、どんな数量を論じているのかはわかった。2つの等圧面の高度の差、つまり、等圧面にはさまれた層の厚さなのだ。それを「層厚」と書くことがある。

「層厚」を漢字熟語としてすなおに読めば「そうこう」だろう。しかし「そうこう」と聞いたら、意味がわからないか、「走向」と思ってしまうだろう。「走向」は気象学では(地質学の場合とはちがって)専門用語としての意味は与えられていないが、気象の話題でも何かの線状構造がのびている方向をさして使われることのある語だ。

この「層厚」も、ひとつ前の記事で述べた「今夕」と同じように、まず文字表現があって、音声表現があとで考えられたが必ずしも定まっていない語なのだろう。

英語では thickness という。自分の経験をふりかえってみると、大学院のセミナーや学術的内容の日常会話では、日本語で話していても、英語の thickness をそのまま使っていた。

ただし文字にすると「シックネス」でも「スィックネス」でも意味がうかびにくいし sickness だと思ってしまうかもしれない。日本語の書きことばで、英語の単語をまじえることを許されない編集態度の媒体にのせるときには、日本語らしいと感じられる文字表現がほしくなる。

英語の thickness も、文脈によって「等圧面ではさまれた層の」という意味が補われているのだから、日本語でも同様に「厚さ」か「厚み」にそのような意味をもたせてしまえばよかったのかもしれない。しかし「厚さ」には、そう書かれたものを読んで音声にしたとき「暑さ・熱さ」とまぎらわしいという難点がある。「-み」のほうは定量的な数量と結びつきにくいという難点がある。

わたし自身は、thickness を使うことは少なく、使うとしたら数値データ処理の中間段階の説明に出てくるだけなので、長めの「等圧面ではさまれた層の厚さ」または「...hPa面と...hPa面の高度の差」という表現をしようと思っている。

どうしてもこの概念を短いことばで表現したい人に、どういう表現を勧めたらよいかは、よくわからない。

テレコネクション (teleconnection)、PJパターン

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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Teleconnectionという気象学用語があり、日本語でもそのまま かたかな で「テレコネクション」とされることが多い。この用語がいつから使い始められたかはわたしは調べていないが、よく聞かれるようになったのは1980年ごろからだ。そのころには、広い(あるいは「鈍い」)意味と狭い(「鋭い」)意味があったのだが、狭い意味は2000年ごろにはすたれ、今では広い意味で使われていると思う。

この用語の使われかたについて整理しておきたいと思ったが、残念ながら、あらたに文献調査をしたり用語の使用頻度を調べたりする時間をとれそうもない。ひとまず、記憶にあることを書き出して、思いあたる文献の書誌情報だけ補っておくことにする。

「tele-」は「遠隔」のような意味だ。

これを含むことばのうちには、テレパシーやテレポーテーションのように、自然科学的知識からはたぶん不可能だと考えられている「超常現象」をさすものもある。(テレポーテーションは形容詞や接頭語がついた形で物理学的に起こりうる現象の名まえにも使われているそうだが。)

テレコネクションは超常現象のなかまではなく、現実に起こっている自然現象である。ただし、距離が離れるにしたがっていったん相関が弱まってからまた強まる(それは正の相関のことも負の相関のこともあるが)ような状況をさすので、近いところほどものごとの変化のしかたが似ているという日常の常識からちょっとはずれているとは言えるだろう。さらに、影響が空間を伝わるしくみが近接作用だと考えられるのに、現象としては、遠隔地どうしが連動しているように見えるのにその中間の位置には連動したシグナルが見えないと、ちょっとふしぎな感じがする。それは、さらに観測してみようとか、理論的に考えてみようとかいう、研究のきっかけになることもある。

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気象学関係での「テレコネクション」は、わたしの知る限りでほとんどの場合、「天気」と「気候」の中間の「天候」の時間規模の現象をさして使われる。気圧、気温など気象要素の1か月平均値で表現可能な現象だ。

テレコネクションは、気象要素の数値の変化のしかたを地点間で比較すると、離れた地点の間で高い相関があるが、両地点を含む広い領域で連続して相関が高いわけではない(中間に相関が低いところがある)ような状況をさしている。離れた両地点の気象要素のあいだの相関は正でも負でもよいのだが、負であることがわりあい多い。負の相関があるということは、一方の地点で気象要素の値が高いときには他方では低くなりやすいということであり、「シーソー」(seasaw)と言われることもある。

気象要素の数値の地点間の相関が高くても、次のような場合はテレコネクションとは言わない。

  • 両地点の中間を含む広域に同符号の偏差が広がる場合
  • 流れによって上流から下流に偏差が伝わっていく(ように見える)場合
  • 波の位相の伝播 (峰と谷が交互に同じ方向に動いていく)

テレコネクションが偶然でないとすれば、何か影響を伝えるしくみがあるはずだが、自明でない。

- 3 -
テレコネクションと呼ばれていなかったと思うが、ここでいう広い意味のテレコネクションの認識の早い例としては、1920年代にイギリス領インドの気象庁長官をしていたGilbert Walkerが "Southern Oscillation" (「南方振動」)と呼んだ現象の認識がある。Walkerはもともとインドの夏のモンスーンと関連のある現象を求めて、熱帯のインド洋・太平洋にまたがる広域のいろいろな相関を調べたのだが、しだいに、南方振動といえば、東太平洋(代表地点はタヒチ)と西太平洋(代表地点はダーウィンあるいはジャカルタ)の海面気圧に見られるシーソーをさすようになった。

これと別に、エルニーニョ(El Niño) と呼ばれる現象があった。このことばは、もともとは、ペルーの沿岸の海流の、季節変化で毎年クリスマスごろ生じる特徴をさしていた。それが、漁業の不漁の原因を議論するような文脈で、年々変動の特徴をさすように変わってきた。(わたしは詳しく理解していないのだが、クリスマス後ふつうならば短期間で終わる状態がその後なんか月も持続することをさすのだろうと思う。)

Jacob Bjerknes (1966, 1969)が、エルニーニョと南方振動とは連動した現象であることをあきらかにした。( https://iridl.ldeo.columbia.edu/maproom/ENSO/New/bjerknes.html 参照)。それ以後、この連動した現象がENSOという略語で呼ばれるようになった。

1980年代に、ENSOは次のようなものであるという認識がかたまってきた。熱帯大気海洋結合系の振動であり、海洋・大気双方の赤道域の力学と、熱帯大気の積雲対流が重要。力学的影響は全球におよぶ。

ENSOの概念が確立する前から、北アメリカの季節予報研究者(Jerome Namiasなど)は、熱帯太平洋上から北アメリカに影響が伝播することを考えていた。

Bjerknes (1969)の論文の題名に atmospheric teleconnections ということばが使われており、それ以後、ENSOの位相としてのエルニーニョ状態や(それと逆の位相をさして1980年代末ごろに名づけられた)ラニーニャ状態の熱帯から、中緯度の大気への影響が、テレコネクションとして論じられることが多くなった。

(1980年代ごろはENSO自体をテレコネクションということはなかったと思う。)

- 4 -
ENSO以外にも、天候の遠隔相関をさぐる研究はいろいろあった。わたしが気象学を勉強しはじめた1980年ごろに話題になっていたものとして、van Loon & Rodgers (1978)が指摘した、グリーンランドスカンジナビアの冬の気温のシーソーがあった。ほかにも、アリューシャン低気圧やアゾレス高気圧の変動の研究があった。そのようなものをあわせて、北大西洋振動(NAO)という概念ができてきた。(これがテレコネクションと呼ばれたかどうかはわたしはよく知らない。)

- 5 -
1980年ごろ、気象力学と季節予報の研究者のあいだで、テレコネクションということばがよく使われるようになった。(ある学者が「テレコネクションが大事だ」と言ったのを、その同僚が「通信(telecommunication)の話かと思った」ということがあった。それまでテレコネクションということばが専門家にとっても聞き慣れないものだったにちがいない。)

これには、代表的な2種類の研究があった。そこで、これからしばらく、「テレコネクション」は、必ずというわけではないが多くの場合、これらの論文で扱われた典型に近い現象をさして使われた。

ひとつは、冬の北半球中高緯度について、観測値にもとづいて(実際には数値予報モデルを併用した「客観解析」データを使ったのだが)、対流圏中層(500 hPa)の等圧面高度の月平均値の、地点間の相関を調べた研究だ。代表的論文はWallace & Gutzler (1981)のものだった。その研究では、従来から季節予報研究者が指摘していたPNA (Pacific - North American)パタンを含む、複数の、遠隔地点間の相関が高くなるようなパタンを記載した。

もうひとつは、気象力学の理論的研究で、ロスビー波の伝搬でエネルギーが伝わるという考えによるものだ。ロスビー波は、簡単に言えば、大気の運動に対する地球の自転のききかたの緯度による違いを復元力とする、大気の大規模な波だ。成層圏突然昇温など、いくつかの興味深い現象を説明する理論が、ロスビー波の鉛直伝搬を重要な要素として組み立てられた。今度はロスビー波の水平伝搬で考えてみようということになった。

代表的論文はHoskins & Karoly (1981)のものだった。大気の鉛直構造を単純化して「順圧」(barotropic)の1層モデルで考える。さらに、波の位相(峰や谷の位置)が動かない「定常波」を考える。ロスビー波は本来は西に進むものなのだが、この「本来」は基本場を静止大気とした場合で、基本場として西風が吹いている場合は、基本場の風に流される効果も含めると、固体地球に対する位相速度が0になる場合があるのだ。ロスビー波では位相速度と群速度が違い、エネルギーは群速度で伝わる。「定常波」と言っても振幅は変わりうるものを考えており、峰・谷・峰のそれぞれの位置は動かないが、それぞれの振幅の強化が群速度ベクトルの上流から下流に順次起きていくのだ。

この理論によって、Wallace & Gutlzerが指摘したテレコネクションパタンのいくつかが説明できそうだった。

この理論にはいくつかの修正が加えられた。Hayashi & Matsuno (1984)はそのひとつであり、東西一様な環状のモードを別あつかいする必要があることを指摘している。

その後 (2000年ごろ以後?) この順圧のロスビー波伝搬という考えかたは、はやらなくなったと思う。3次元の大気に対して大胆な近似である1層モデルで言えることはやりつくしてしまい、研究者の関心が1層モデルで表現しきれないことに向かったのだろう。

そして (2000年ごろ以後?) テレコネクションということばも、順圧ロスビー波伝搬と結びついた狭い意味ではなく、天候の遠隔連関という広い意味で使われるようになってきたと思う。この広い意味では、ENSOやNAOなども含めて言うこともありうる。

- 6 -
日本の天候の話題で、「PJテレコネクション」あるいは「PJパターン」ということばが使われることがある。これはだいたい「熱帯西太平洋(フィリピンの東、パラオあたり)で雨が多いとき、日本の夏はよく晴れて暑くなることが多い。」というような意味だ。熱帯西太平洋と日本とで(たとえば海面気圧に)負の相関が見られるので、Wallace & Gutzlerが示したのと同様なテレコネクションだと言える。ただし、夏の、しかも熱帯におよぶ現象なので、Wallace & Gutzlerの論文自体には現われていない。

これを最初に明確に指摘したのは、新田勍(つよし)さんだった。Nitta (1986)では(おそらくその論文限りの仮の表現として) SJ (South Japan) patternと呼んでいたが、Nitta (1987)の論文でPacific-Japan pattern と用語を変更している。これが広く使われるようになった。

【わたしは(2000年ごろ以後)、「PJ pattern」を略語でだけ覚えており、なんとなく Philippine Sea - Japan pattern だと思っていた。固体地球のプレートテクトニクスの話題で「フィリピン海プレート」ということばをよく聞いたからだ。しかし、フィリピン海を、固体地球の研究者は太平洋と区別するが、気象の人は北西太平洋の部分とみなすのがふつうなのだ。さらに、Nitta (1987)を見ると、南側のシグナルのある領域は、マリアナ諸島付近を中心に、西のフィリピン海と東の北西太平洋とにわたっている。用語はやはり Pacific とすべきだろう。ただし、太平洋の中心付近まで広がった現象ではないので、PJという省略形をおもに使いたいと思う。】

Nitta (1986, 1987)で実際に見ているのは、雲量(雲に覆われた面積比)の空間相関だ。気象衛星ひまわりによる雲量のデータが、1979年から数年たまってきて、相関が論じられるようになったところだった。(その後の多数の研究で、気圧や降水量などの気象要素との連関もわかってきた。)

新田さんは気象力学を学んだ人なので、PJテレコネクションのメカニズムとしては、熱帯の積雲対流が活発なところから温帯に向かうロスビー波の群速度伝搬を考えていた。しかし、積雲対流自体は傾圧(対流圏下層で水平収束、上層で水平発散をつくる)なので、順圧のロスビー波ができる理屈はよくわからないままで、理屈を論文で述べるところまで至らなかったと思う。

今では、3次元の運動方程式・熱力学の式を含む気候モデルによるシミュレーションの結果について、現実と同様なPJテレコネクションが認識されている。しかし、それを順圧・傾圧に分けて気象力学の理論で考えるようなアプローチはすたれていると思う。

文献

  • Jacob Bjerknes, 1966: A possible response of the atmospheric Hadley circulation to equatorial anomalies of ocean temperature. Tellus, 18: 820-829. http://doi.org/10.1111/j.2153-3490.1966.tb00303.x
  • Jacob Bjerknes, 1969: Atmospheric teleconnections from the equatorial pacific. Journal of Physical Oceanography, 97: 163-172. doi: 10.1175/1520-0493(1969)097<0163:ATFTEP>2.3.CO;2
  • Yoshi-Yuki Hayashi & Taroh Matsuno, 1984: Amplitude of Rossby wavetrains on a sphere. Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II, 62: 377-387. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.62.3_377
  • B. J. Hoskins & D. J. Karoly, 1981: The steady linear response of a spherical atmosphere to thermal and orographic forcing. Journal of the Atmospheric Sciences, 38: 1179-1196. doi: 10.1175/1520-0469(1981)038<1179:TSLROA>2.0.CO;2
  • Tsuyoshi Nitta, 1986: Long-term variations of cloud amount in the western Pacific region. Journal of the Meteorological Society of Japan, Ser. II, 64: 373-390. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.64.3_373
  • Tsuyoshi Nitta, 1987: Convective activities in the tropical western Pacific and their impact on the Northern Hemisphere summer circulation. Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II, 65: 373-390. http://doi.org/10.2151/jmsj1965.65.3_373
  • Harry van Loon & J. C. Rogers, 1978: The seesaw in winter temperatures between Greenland and northern Europe. Part I: General description. Monthly Weather Review, 106: 296-310. doi: 10.1175/1520-0493(1978)106<0296:TSIWTB>2.0.CO;2
  • G. T. Walker, 1923: Correlation in seasonal variations of weather, VIII. A preliminary study of world weather. Memoirs of the India Meteorological Department, 24(4): 75-131. [わたしはまだ読んでいない。Walkerによる他の論文についても同様。]
  • G. T. Walker, 1924: Correlation in seasonal variations of weather, IX. A further study of world weather. Memoirs of the India Meteorological Department, 24(9): 275-333. http://www.rmets.org/about/history/classics.php
  • G. T. Walker, 1928a: World Weather. Monthly Weather Review, 56: 167-170.
  • G. T. Walker, 1928b: World Weather III. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 2(17): 97-106.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1930: World Weather IV. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 3(24): 81-95.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1932: World Weather V. Memoirs of the Royal Meteorological Society, 4(36): 53-84.
  • G. T. Walker & E. W. Bliss, 1937: World Weather VI, Memoirs of the Royal Meteorological Society, 4(39): 119-139.
  • J. M. Wallace & D. S. Gutzler, 1981: Teleconnections in the geopotential height field during the Northern Hemisphere winter. Monthly Weather Review, 109: 784-812. doi: 10.1175/1520-0493(1981)109<0784:TITGHF>2.0.CO;2

大気のエネルギー、エネルギー収支 (5) (熱収支ではなくて熱機関論)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[第1部(2016-12-09)][第2部(2016-12-10)][第3部(2016-12-11)][第4部(2016-12-13)]の続き。節の番号も続きでつけることにする。

- 18 -
第1部の「- 6 -」で述べた、運動エネルギーがどのようにつくられているかに関するエネルギー収支解析について、まだ具体的に述べていなかったので、ここで紹介する。

【ただし、わたしは、この種類の計算を自分でやったことがなく、また、今も、文献の理屈や数式を充分詳しく確かめることができていない。この記事は方法の外形的な紹介にとどまる。】

大気を空間的に分けた各部分を箱のようにみなして、そのエネルギー収支を、内部エネルギー・位置エネルギー・運動エネルギーの間の変換項も含めて定式化したものは、たとえば、Peixoto & Oort (1992)の本の13.2節にある。

- 19 -
運動エネルギーをおもに考えるときは、位置エネルギーと内部エネルギーをあわせたもののうちで、運動エネルギーに変わりうる部分を取り出した、available potential energy (APE, 日本語では「有効位置エネルギー」)という概念を使った議論をすることが多い。

ひとまず、内部エネルギーのうち、水蒸気による部分は除外し、温度に比例する部分だけをとりあげる。また、上下の対流に対して安定または中立な成層状態が実現しているとする。

位置エネルギー + 内部エネルギー」のたまりは、運動エネルギーのたまりよりもずっと大きい。しかし、もし、大気の状態が水平に一様(等密度面が水平)ならば、そこにある「位置エネルギー + 内部エネルギー」から運動エネルギーをつくることができない。運動エネルギー生成に利用可能(available)なエネルギーは、空気のもつ物理量の分布の水平非一様性に関連した部分なのだ。

APEの定式化にいちばん貢献したのは、Edward N. Lorenzの1955年から1960年ごろの仕事だ。その原論文をわたしは読んでいない。模範的文献としては、[2014-06-18の「大循環」の記事]でふれた Lorenz (1967)の大気大循環論の本を読んでいる。【この例に限らず、自然科学者は、新概念が最初に提唱された学説史的に重要な文献を(文献リストにあげることはあるが)実際に読まず、実際の理解は概念の定式化が定まって教科書的に記述された文献に頼ることが多い。】

APEの考えかたは多くの教科書、たとえばPeixoto & Oort (1992)の14.1節で紹介されている。第4部の「- 16 -」で述べた「温位」(potential tempearture)、つまり、断熱的に標準の気圧に持ってきたときの温度を使う。そして次のように考える(Peixoto & Oortの図14.2参照)。

  • 大気の質量を、温位の区間ごとに分類する。
  • 各分類の質量が実際と同じで等温位面がいずれも水平であるような仮想的状態を考え、これをreference stateとする。 (日本語では「参照状態」と言ってもわかりにくいので仮に「水平状態」と呼ぶことにする。)
  • 実際の状態の「位置エネルギー+内部エネルギー」と、水平状態の「位置エネルギー+内部エネルギー」との差を有効位置エネルギーとする。

よく使われるp座標での有効位置エネルギーと運動エネルギーの収支式は、たとえばPeixoto & Oort (1992)の14.3節にある。有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換項は、ω α に比例する(ωは鉛直p速度、αは単位質量あたりの体積)。

Dutton & Johnson (1967)によれば、APEの定式化は温位を鉛直座標にとって(等温位面で)計算するのが正確であり、p座標の式は近似式である。【しかし、気象データはふつうp面で提供されるので、等温位面で計算しようとすると内挿が必要だ。データ解析の誤差評価には定式化の誤差と内挿誤差の両方を考える必要がある。】

Peixoto & Oort (1992)の第14章の題名にもなっているように、大気中で、まず加熱・冷却の不均一によってAPEが作られ、そこから運動エネルギーが生成する過程が、準定常的に継続していることは、熱機関と似ている。

Ozawaほか(2003)は、大気の熱力学過程をエントロピーの発生を含むエントロピー収支の枠組みでとらえたが、その8.1節では、その枠組みと、E. N. LorenzのAPE生成・散逸の枠組みとを関係づけている。

- 20 -
気象学では、いろいろな量を、平均場とそれからのずれに分ける。平均としては、zonal平均 (東西全経度平均)、水平領域平均、時間平均をとる場合がある。

[2016-07-01の記事「渦、vortex、eddy」][教材ページ「渦(eddy)輸送」: 「積の平均」と「平均の積」の違い]で書いたように、平均場の状態の式に、複数の量の積の形をした項があるとき、その項は、平均量どうしの積のほかに、平均からのずれどうしの積の平均(eddy項)を考慮する必要がある。

【第4部のQ1の話で、eddyとしてデータで表現できないsub-grid scaleの運動の寄与だけを考えたのとはちがって、いま考えている状況では、データで表現できる(grid scaleの)大気の運動の多くがeddyのほうにある。sub-grid scaleは、重要でないか、粘性のように働くだけと想定している。】

有効位置エネルギー A と、運動エネルギー K を、それぞれ、平均場の項 M と、eddyの項 E に分けて、AM, AE, KM. KEの4つのエネルギーのたまりの収支を考える。Aの生成項、AからKへの変換項、Kの散逸項を、それぞれ平均場とeddyに分けて考える。また、A, Kそれぞれについて、平均場とeddyとの間のやりとりの項がある。このような枠組み(Peixoto & Oortの図14.3)で、観測データや数値モデル出力によって数量を入れた研究が多数ある(Peixoto & Oortでいえば図14.8など)。

この枠組みからの発展として、平均場からのずれを、フーリエ展開、球面調和関数展開、あるいは大気力学のノーマルモード展開して、平均場とそれぞれのモード、さらにはモードどうしのエネルギーのやりとりを調べた研究もある。

文献

  • John A. Dutton & Donald R. Johnson, 1967: The theory of available potential energy and a variational approach to atmospheric energetics. Advances in Geophysics (Academic Press), 12: 333-436.
  • Edward N. Lorenz, 1967: The Nature and Theory of the General Circulation of the Atmosphere. WMO No. 218. Geneva: World Meteorological Organization. (MITのLorenz著作ページ http://eaps4.mit.edu/research/Lorenz/publications.htm 参照)
  • Hisashi Ozawa, Atsumu Ohmura, Ralph D. Lorenz & Toni Pujol, 2003: The second law of thermodynamics and the global climate system: A review of the maximum entropy production principle. Reviews of Geophysics (American Geophysical Union), 41, 4/1018, 24 pp. http://doi.org/10.1029/2002RG000113
  • Jose P. Peixoto & Abraham H. Oort, 1992: Physics of Climate. American Institute of Physics. [読書ノート(英語)]

大気のエネルギー、エネルギー収支、「熱収支」(4)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[第1部(2016-12-09)][第2部(2016-12-10)][第3部(2016-12-11)]の続き。節の番号も続きでつけることにする。

- 13 -
気象学者全体ではないが、熱帯の対流圏の気象についての専門文献を読む人ならばたいてい、「Q1, Q2」という表現を知っているだろう。これは、柳井 迪雄(みちお)さんが、台風の発生についてのデータ解析をしたYanai (1961)の論文で導入したものだ。

日本語による説明としては、新田(1982)の本の7.2節に、下に述べるYanai, Esbensen, Chu (1973)に沿ったものがある[この部分2016-12-15改訂]。

わたしは大学院生だった1980年前半に「Q1, Q2」について学んだのだが、そのとき示された基本的参考文献はYanai, Esbensen, Chu (1973; 以下「YEC1973」と略す)の論文だった。だいぶあとになって、もとのYanai (1961)の論文を読んだら、Q1の定式化がちがっていた。しかし、それを使っていた研究者たちは、どちらの定式化でも実質的に同じという態度で扱っていた。(数量は厳密に同じにはならないのだが、そのちがいは、観測データを使ったデータ解析の不確かさの原因として、観測データの誤差や代表性などに比べて、小さい、ということなのだと思う。おそらくだれかが実際に比較計算をしたと思うが、文献として出版されているものはないようだ。)

- 14 -
ここでは、第3部までの話とのつながりのつごうで、まずYEC1973の定式化にそって説明する。

「Q1, Q2」の話題では、そこに出てくる風速や気温などの数量が、どのような時空間スケールを代表しているものかも重要なのだが、その件をあとまわしにして、まず式の形を示すことにする。

次の変数を導入する。(これは「Q1, Q2」の件に限らず、熱帯対流圏の気象の研究で使われる表現だが、気象学でもそれ以外の専門の人には通じないだろう。s や h の文字はほかの文脈ではほかの意味で使われる。)

s = cp T + g z ... 単位質量あたりの dry static energy (日本語訳: 「乾燥静的エネルギー」) ... (10a)
h = s + L q = cp T + g z + L q ... 単位質量あたりの moist static energy (同 「湿潤静的エネルギー」) ... (10b)

すると、Q1, Q2は次のようなものである。

Q1 = ∂s/∂t + divH(s vH) + ∂(s ω)/∂p ... (11a)
Q2 = - L{ ∂q/∂t + divH(q vH) + ∂(q ω)/∂p } ... (11b)

このQ1の定義の式は、s という量の収支式の形をしていて、Q1は s のsource (源)の項である。Q2は L q のsourceの項に負の符号をつけたもので、sinkのほうを正としている。両方を合わせると、Q1 - Q2 が、s + L q つまり h の収支式のsourceの項になっている。

熱帯の大気中のエネルギー変換過程のうちで、運動を駆動するうえでいちばん重要な現象は、雲の中で起こる水蒸気の凝結に伴う L q から s への変換だ。それは h の収支では消えてしまうが、このように分けるとよく見えるのだ。

柳井さんたちは、Q1apparent heat source (見かけの熱源)、Q2apparent moisture sink (見かけの水蒸気sink) と呼ぶ。 (YEC1973の本文で最初に出てきたところではQ1は「apparent heating」とされているが、のちには両者の対称性のよい形がこのまれた。) ここで apparent つまり「見かけの」ということばがはいっているのは、数量の時空間スケールの問題に関連している。

ひとまず仮に、(11)式が連続体とみなした大気を細かいところまで正確に表現したものだとする。水蒸気の正味の凝結(凝結ひく蒸発)があれば、Q1とQ2に、同じ正の値として現われるだろう。Q1にはこのほかに、放射の吸収と射出 (多くの場合、射出のほうがやや大きく、合計は負の値をとる)が加わる。このほかに、sの収支には地表面からの顕熱伝達、qの収支には地表面からの水の蒸発があるが、それは地表面の境界に集中して現われ、大気内部には現われないだろう。

観測データ、あるいは大気の大規模な運動を表現する数値モデルからのデータを入れて数量を評価しようとすると、数量の時空間規模を考えなければならない。積雲は、(対流圏の高さが熱帯では約15 kmなので) 10 km程度の鉛直スケール、同じ10 km程度の水平スケールをもつ循環で、1 km程度の水平スケール、1時間程度の時間スケールでの不均一性が大きい。他方、風速や温度などの観測の主要な手段であるラジオゾンデの観測点の水平間隔は 100 km 程度であることが多い。データ解析では、観測点で囲まれた多角形で計算する場合と、格子点に内挿して計算する場合があるが、多角形あるいは格子の升目で計算される量は、たくさんの積雲の上昇域とそのまわりの下降域について平均したものになる。以下、多角形あるいは格子で表現(解像, resolve)される現象のスケールをgrid scale、それで表現されない現象のスケールをsub-grid scaleと呼ぶことにする。

大気の流れによるエネルギーの輸送量は、風速とエネルギーの積の形をしているが、sub-grid scaleの変動がある場をgrid scaleで平均して見るとき、積の平均は、平均の積と同じではなく、それに「平均からのずれどうしの積の平均」をたしてやらなければならない。[2015-07-01の記事]でふれ、[教材ページ「渦(eddy)輸送」: 「積の平均」と「平均の積」の違い]で説明した、「渦(eddy)輸送」があるのだ。

柳井さんたちが扱った状況では、積雲と、大気境界層(地表面から高さ1 kmくらいまで)との両方で、(11)式の右辺に出てくる鉛直移流の項の s ω や q ω は grid-scale の平均の積であることを考慮しなければならない。Sub-grid scaleの量どうしの積はgrid-scaleで平均しても無視できない値をとるはずだが、それは右辺には出てこないで、収支計算で得られたQ1とQ2に含まれるのだ。

YEC1973の論文で、計算結果のQ1とQ2の鉛直分布を見ると、鉛直積算した量はだいたい同じなのだが、ピークの位置が、Q1のほうが高いところにある (Q1のピークは対流圏中層の500 hPa付近、Q2のピークは対流圏下層の800 hPa付近にある)。実際に凝結が起こっているところから上のほうに、sub-grid scaleの上昇・下降流による s の上向き鉛直輸送があると解釈できるだろう。

水平移流の項の s vH や q vH についても、渦輸送は原理的には無視できない。YEC1973では、「風の水平成分は s や q と有意な相関がないと仮定する」という言いかたをして式から省略している。観測データに基づいてこの渦輸送項を評価することは、1970年代には不可能だったし、今でも困難だろう。

- 15 -
(11a)と(11b)を組み合わせてQ1 - Q2の式にしたものが、わたしの記事の第1部・第2部で見た、大気のエネルギーの収支式(ただし運動エネルギーは省略)に相当する。

しかし、比べてみると、局所変化項のうちの、(11a)に示したYEC1973の定式化では s = cp T + g z になっているところが、第2部の(5)式で示したOortの定式化では cv T + g z となっていて、Rair T だけのちがいがある。これが、第2部の「- 9 -」で述べた、わたしの疑問が残ったままになっている点だ。

また、水蒸気に伴うエネルギーのほうは、YEC1973とOortとでちがいはないのだが、わたしの概念的理解がまずかった点に気づいた。これまで「内部エネルギーの水蒸気に伴う部分」と書きながら、数量としては L q と書いてきた。しかし、いわゆる「蒸発の潜熱」の定義から考えると、これは、水蒸気に伴うエンタルピー(の液相の水との差)であるはずだ。わたしの知るかぎり、気象学者はみな、大気中の水蒸気のもつエネルギーを L q とし、それに cv/cpをかけたりはしない。(Lの温度依存性を考えるか、また、液相の水の熱容量を考えるか、に関する多様性はある。) エンタルピーで一貫して考えればよさそうだが、大気のエネルギー現存量を考える際にエンタルピーのままでよいのか内部エネルギーを取り出す必要があるのか、わたしはまだ納得がいかないままである。

- 16 -
Yanai (1961)の論文では、Q1は、温位 (potential temperature) θ という量を使って定義されている。温位とは、空気のある小部分を、もし断熱変化によって一定の気圧 p0 (ふつう 1000 hPaをとる)に持ってきたら得られるだろう、その小部分の温度である。

大気の中で、上下の対流が起こる条件は、おおざっぱに言うと「上のほうが重い」ことだが、大気の密度はおもに圧力によって変わるから、「重い」とは「断熱変化で一定の気圧に持ってきたときの密度」つまり「ポテンシャル密度」(potential density)が大きいということなのだ。しかし、気象データを見ている人には、密度成層よりも温度成層のほうがわかりやすい。状態方程式によって、一定の気圧のもとで温度は密度に反比例するから、「ポテンシャル密度が大きい」ことは「温位が小さい」ことに対応するのだ。(ここで考えた対流は、水蒸気の凝結を含まない「乾燥対流」である。)

温位は次のように定式化される。

θ = T (p0/p)κ ... (12)
ただし
κ = Rair/cp

なぜこうなるかは、いろいろな本(たとえばPetty 2008の5.4節 136-138ページ、North & Erukhimova 2009の6.2節 138-141ページ)に書かれているので、ここでは省略する。
また、水蒸気の凝結を含む「湿潤対流」を評価するためには、相当温位 (equivalent potential temperature)などの数量が定式化されているのだが、その話題も省略し、「温位とdry static energy」「相当温位とmoist static energy」が、物理量の次元はちがうが、それぞれ似たふるまいをする量である、ということだけ述べておく。

Yanai (1961)の定式化による Q1は次のようになる。

Q1 = cp (p/p0)κ {∂θ/∂t + divHvH) + ∂(θ ω)/∂p} ... (13)

θが変化することが、非断熱加熱があるということだ。その量を、標準の圧力に持ってきたとしたときのエンタルピーの変化に対応する形で求め、補正して現場の圧力での値にしている、と言えるだろう。

- 17 - [2016-12-14 追加]
柳井さんを記念する論文集(Fovell and Tung 編, 2016)が出た。Q1, Q2も当然ながら話題になっていて、それに関する最近の学術的話題もあるが、その初歩的説明は含まれていないようだ。柳井さんの伝記的事項が書かれている「エピローグ」は、2011年に開かれた記念シンポジウムのパンフレット([読書メモ])にのったものをもとにしている。

文献

  • Robert G. Fovell and Wen-wen Tung, eds., 2016: Multiscale Convection-Coupled Systems in the Tropics: A Tribute to Dr. Michio Yanai. Meteorological Monograph (American Meteorological Society), Vol. 56. http://journals.ametsoc.org/toc/amsm/56 (紙版は未出版、PDF版は無料公開)
  • 新田 勍 (にった つよし), 1982: 熱帯の気象 (気象学のプロムナード 7)。東京堂書店
  • Gerald R. North and Tatiana L. Erukhimova, 2009: Atmospheric Thermodynamics -- Elementary Physics and Chemistry. Cambridge University Press, 267 pp. ISBN 978-0-521-89963-5.
  • Grant W. Petty, 2008: A First Course in Atmospheric Thermodynamics. Madison WI USA: Sundog Publishing, 336 pp. ISBN 978-0-9729033-2-5. (書誌情報・注文 http://www.sundogpublishing.com/shop/a-first-course-in-atmospheric-thermodynamics-g-w-petty/ )
  • Michio Yanai, 1961: A detailed analysis of typhoon formation. Journal of the Meteorological Society of Japan, 39: 187-214. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj1923/39/4/39_4_187/_article
  • Michio Yanai, Steven Esbensen and Jan-Hwa Chu, 1973: Determination of bulk properties of tropical cloud clusters from large-scale heat and moisture budgets. Journal of the Atmospheric Sciences, 30: 611-627. doi: 10.1175/1520-0469(1973)030<0611:DOBPOT>2.0.CO;2

大気のエネルギー、エネルギー収支、「熱収支」(3)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[第1部(2016-12-09)][第2部(2016-12-10)]の続き。節の番号も続きでつけることにする。

大気のエネルギー収支・「熱収支」と言われる仕事には、いろいろな概念枠組みによるものがある。統一的な視点から分類して説明できるとよいのだが、残念ながら、わたしにはまだできそうもない。ここから複数回にわたって、これまで、わたし自身がしてきたことや、参考文献として見てきたものに出てきた枠組みを、それぞれ説明してみることにする。気象学の知識の少ない読者には、わかりにくい議論が多くて申しわけないが、教科書的文献の紹介のところだけごらんいただきたい。

- 10 -
わたしの修士論文の主要部分を改訂したものは、学術雑誌論文(Masuda, 1983)として出版されている。当時わたしは、自分の計算を「大気の熱収支」あるいは「大気のエネルギー収支」についての「データ解析」だと認識していた。しかし、その内容は、第1部や第2部で述べたエネルギーを全部かぞえあげたものではなかった。

その計算の枠組みは、気象力学の理論や数値天気予報モデルで使われる、大気の力学の予報方程式系に基づくものだ。その方程式系は、運動方程式と、質量保存の式(「連続の式」ということのほうが多い)と、「熱力学の式」(あとで説明するので仮にこう呼んでおく)が連立されたもので、状態方程式 (圧力 p・密度ρ・温度T を関係づける式)も組みこまれている。

大気の力学の予報方程式系について、わたしが学生のときに学んだ教材は、まず小倉(1966)だった。小倉(1978)の教科書も出たので読んだが、わたしには1966年の解説のほうがわかりやすかった。読者のためには、気象学の初歩の人には 二宮(2004, 2006)、専門知識があるが詳しく知りたい人には Satoh (2013)をあげておく。

方程式系を構成する方程式のうち、時間による偏微分 ∂/∂t を含むものを「予報型(prognostic)」の式、含まないものを「診断型(diagnostic)」の式、と分類する。

予報方程式系として、ここでは、「p座標のprimitive方程式系」と呼ばれるものを考える。

ひとまず、大気を1成分の理想気体で近似する。(水蒸気のことはあとで補足的に考える。) 水平の広がりは、実際には球面で考えるばあいもあるが、便宜上2次元平面のような(x,y)座標で書いておく。

静水圧の近似をすると、運動方程式のうち鉛直方向の式が静水圧のつりあいの式(診断型の式)に置きかえられ、鉛直加速度(鉛直速度の時間による微分)が現われなくなる。静水圧の近似を前提として p 座標を採用すると、連続の式が「∂u/∂x + ∂v/∂y + ∂ω/∂p = 0」つまり「 (x,y,p)空間での速度の発散がない」という形の診断型の式になる。ただし、これらの診断型の式の境界条件として、水平2次元座標の関数である地表面気圧 (静水圧近似のもとで、鉛直に合計した面積あたりの空気の質量に比例する)を知る必要があるので、地表面気圧についての予報型の式が現われる。

水平方向の運動方程式は、3次元の座標の関数である速度の水平2成分(u, v)に関する予報型の式になる。そこには水平の気圧傾度力が現われるが、それは p 座標では等圧面高度の水平座標による偏微分で表現される。等圧面高度は、3次元の座標の関数として温度が、水平2次元の座標の関数として地表面気圧がわかっていれば、診断型の静水圧の式と状態方程式によって、得ることができる。あとは、温度についての予報型の式があれば、方程式系を閉じることができる。予報方程式系の「熱力学の式」とは、この、温度についての予報型の式なのだ。

- 11 -
一般的な気体の熱力学の式から始める。ただし単位質量あたりの量で示す。熱力学第1法則は次のように書かれる。

d U = p dα + d'q ... (6)
【式の番号は今後つけかえるかもしれない。】

ここで U は単位質量あたりの内部エネルギー、d'qは単位質量あたりの受け取る熱である[注]。

  • [注] 総量と単位質量あたりの量を大文字・小文字で区別する流儀もあるが、ここでは(他の変数との区別を優先して)同じ文字を使った。熱については、あとで使う予定の大文字の Q とまぎれないようにしたいので、小文字の q を使った。気象学では q は比湿に使うが、ここではその意味ではない。「d q」でなく「d'q」としたのは q という量の微分ではないという意味である。

単位質量あたりのエンタルピー H = U + p α を導入すると、d(p α) = p dα + α dpだから、次の関係がある。

d H = α d p + d'q ... (7)

単位時間あたりの変化にする。

dH/dt = α dp/dt + d'q/dt

ここで、次の関係を使う。

d( )/dt = ∂( )/∂t + u∂( )/∂x + v∂( )/∂y + ω∂( )/∂p

H = cp T

単位質量・単位時間あたりの熱 d'q/dt を あらためて Q と書くことにする[注]。すると、次の式が得られる。

cp {∂T/∂t + u∂T/∂x + v∂T/∂y + ω∂T/∂p} - ω α = Q ... (8)

  • [注] この Q は「単位時間あたりの加熱」つまり「加熱率」(heating rate)である。Masuda (1983)では Q の上に点をのせた形を使った。点は「時間微分のようなもの」を意図した表現だった。しかし、時間累積した熱は出てこないので、ここでは単にQとする。

さらに、 -ωα の項(鉛直流ωに伴う断熱変化の項)を、状態方程式

p α = Rair T

を使って変形すると、次の形にできる。

cp { ∂T/∂t + u∂T/∂x + v∂T/∂y + ω{∂T/∂p - Rair T/(cp p) } } = Q ... (9)

Masuda (1983)の研究では、(9)式の左辺各項の値を(観測値がとりこまれている)客観解析データ(今の用語ならば「データ同化プロダクト」)に基づいて得ることによって、右辺のQの値を求めたのだった。(ただし、客観解析データにはω (鉛直p速度)は含まれていなかったので、それを求めることが作業の大きな部分をしめていた。)

- 12 -
(6)式は、内部エネルギーは仕事と熱によって変化するという、エネルギー保存則の式だ。(7)から(9)は、エンタルピーの収支の式の形をしており、もはや「熱力学第1法則の式」というのは適切でないかもしれないが、そのように言われることもある。ここではもう少し漠然とした「熱力学の式」という表現のほうを採用した。

20世紀なかばの気象学では、(8)や(9)のような式を念頭に、空気がもつエンタルピーをさして、空気がもつ「熱」あるいは「顕熱」と言う表現がよく使われたようだ。(「顕熱フラックス」はこの「顕熱」の乱流輸送とみなすことができる。「顕熱フラックス」を「顕熱」と省略する習慣はこれよりは新しい時期のものだ。)

熱力学の用語でいう「熱」のことは、気象学では「加熱」(heating)というのがふつうだ。単位時間あたりの加熱を heating rateといい、日本語では「加熱率」ということがある。加熱率の数量は、空気の単位質量あたりの単位時間あたりの熱としてのエネルギー供給量(SI単位 W/kg)で表わされる場合と、それを(圧力一定の)比熱容量cp (SI単位 J/(kg K))で割って温度上昇率と同じ次元(SI単位 K/s)で表わされる場合がある。

  • [注] 気象の話題ではふつう、heating (「加熱」)は熱を与えられること、warming (日本語では「昇温」、「温度上昇」)は温度が上がることをさす。それを負にしたものはどちらも cooling となり、文脈によって意味(「冷却」か「温度低下」か)を判断する必要がある。【気候の変化に関する「温暖化」「寒冷化」も warming, coolingだが、そこまで含めると話が複雑になるので、ここでの話題からははずしておく。】

Masuda (1983)の論文の題名では、diabatic heating、日本語では「非断熱加熱」ということばを使っている。単に「加熱」でよいはずだが、このようなまわりくどい表現になっているのは、まず、中高緯度の大気の力学を考える枠組みとして、まず断熱(Q = 0)の問題を考え、それに熱が加わるという考えかたをしているからだ。また、heatingということばは、熱力学でいう熱に限らずに、温度を変えようとするプロセスをさして使われる可能性もあって、もしそうならば鉛直流に伴う断熱変化の項も含むので、それを含まないことを明示したいということもあると思う。「断熱」は英語で adiabatic というので、「非断熱」はnon-adiabatic という表現のほうが先にあったと思うが、adiabaticの「a-」が否定の意味だから、adiabaticの否定は「a-」をはずせばよいはずだという理屈で、diabaticという語が使われるようになった。【「a-」のあるなしで区別するのは、聞いてわかりやすい表現ではないし、読みまちがいもおきやすいと思う。このごろわたしは、明示するときはnon-adiabaticを使い、adiabaticの項はheatingに含めないことをことわったうえで、あとは単にheatingと言うほうがよいと思っている。】

上に述べた気象学の伝統的な「熱」という用語を前提とすれば、(9)式にもとづいてわたしがやった計算は「熱収支」と言えるのだが、「エネルギー収支」と言えるだろうか。第1部・第2部で述べた大気のエネルギー収支とは、次のようなちがいがある。

  • 内部エネルギーの水蒸気による部分は収支を考える対象の外になっており、それと温度に比例する部分とのやりとりは、(あとで述べるように)Qのうちに含まれている。
  • 位置エネルギーも対象の外になっており、断熱変化の項が内部エネルギーと位置エネルギーとの間のやりとりに対応している。
  • 運動エネルギーも対象の外になっているが、これは定量的に小さいことがわかっている。

エンタルピーという変数を介して、空気の内部エネルギーの温度に比例する部分の収支を考えた、とは言えると思う。

Qの物理的内容には何があるか。

  • 空気による放射吸収(正)、射出(負)。
  • 水蒸気の凝結が起きると、水蒸気に伴う内部エネルギーから、温度に比例する内部エネルギーへの変換が起きる(正)。凝結してできた雲粒が蒸発すればその逆が起きる(負)。Qに含まれる水の相変化は「正味の凝結」であり、鉛直に合計すれば降水量に等しいはずである。(ただし、固相とのあいだの相変化や液相の熱容量は省略して考えた。)
  • 地表面からの顕熱輸送 (海や陸が大気をあたためる場合 正、ひやす場合 負)。連続体の微分形の式ではこれは地表面に集中して与えられるはずである。データを入れて計算する場合は、データの格子よりも細かい運動による乱流輸送が(9)の左辺の移流項で表現できず右辺の Q にまざるので(この件は第4部でもっと論じる予定)、高さ1〜3 kmくらいまでの層に分布して現われる。
  • (地表面からの水の蒸発によって、水蒸気に伴うエネルギーが大気にはいってくるが、それはここで収支計算の対象となるエネルギーにははいってこない。)

大気の運動を考えるうえでは、「熱源」の働きとして、大気の密度を変えることが重要だ。大気の密度の場所によるちがいには、水蒸気と窒素・酸素との密度の差よりも、水蒸気の凝結に伴って温度が上がることのほうが、大きくきいている。したがって、水蒸気が供給されるところでなく凝結が起こるところに「熱源」があるという認識のほうがこのまれる。内部エネルギーの温度に比例する部分に注目した「熱収支」はそれに適した枠組みだ。

文献

大気のエネルギー、エネルギー収支、「熱収支」(2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[2016-12-09の記事](以下「第1部」とする)の続き。節の番号も続きでつけることにする。

- 7 -
エネルギーの流れの量を考えるには、大気を3次元の升目に分けて、ある箱の空気が隣の箱の空気とのあいだでエネルギーをやりとりするように考えるとよい。

エネルギーのやりとりは、大きく分けて、仕事と熱がある。

熱の伝達(英語では heat transfer)には、伝導 (conduction)、対流 (convection)、放射(または「輻射」, radiation)がある。
【わたしは1960年代の小学生のころに子ども向けの科学の本でそういう知識を得た覚えがある。(「エネルギー」や「仕事」について知るよりも前だった。) わたしはこの用語群を「熱伝達論の用語」と認識しているが、「熱伝達論」という学問分科はないようだ。(英語の本の題名などに「theory of heat transfer」という表現をよく見かける。わたしの個人語彙の「熱伝達論」はそれをわたしが勝手に日本語訳したものかもしれない。) 伝熱工学はある。わたしは伝熱工学の専門用語を(まだ)確認していない。ひとまず、わたしが認識している「熱伝達論の用語」と気象学の用語とを使って、両者が同じでない場合はそのことに注意しながら、話を進める。】

熱伝導はあきらかに「熱の伝達」だと言える。物体は移動しないが、ある物体の分子運動(あるいは結晶の格子振動など)のエネルギーが、それに接した物体の同様なエネルギーに移るのだ。流体で、次に述べる「対流」が働く場合は、熱伝導は相対的に小さいので無視できることが多い。大気の場合、熱伝導が重要となるのは地表面から cm の桁の高さまでだけだ。

熱伝達論でいう「対流」は、流体の質量の移動に伴うエネルギーの移動をすべて含む。質量 m の流体が、質量あたり E のエネルギーをもっていて、流速ベクトル v で動いたら、m E vだけの「対流によるエネルギー輸送」があるわけだ。多くの場合は、流体全体としては移動しないで、部分どうしが入れかわる。ある場所で、質量は同じだが、質量あたりのエネルギーが小さい流体が上向きに、それが大きい流体が下向きに動けば、そこでは、正味の質量の動きはないが、「対流」によってエネルギーが下向きに運ばれることになる。

気象学では「対流」ということばをもっと限定した意味に使う([2012-05-28の記事]参照)。熱伝達論でいう対流のうちで、空間規模の大きい流れによるものは、「移流 (advection)」という。空間規模の小さい流れによるものは「乱流輸送 (turbulent transfer)」という。境目は明確でなく、課題によっても変わるが、わたしの感覚では水平規模 1 km ぐらいだと思う。大気のエネルギー収支を考えるとき、移流はいつも重要だ。乱流輸送は、地表面から高さ 1 km くらいまでの「大気境界層」では重要だ(ただし、鉛直方向のエネルギー輸送だけを考えることが多い)。それ以外の「自由大気」では無視できることが多い。(自由大気でも雲の中を細かく考える場合は無視できない。)

放射は電磁波によるエネルギー伝達である。大気のエネルギー収支にとっては、第1部の「- 2 -」で述べたように、大気が放射を吸収するところが大気にとってのエネルギーのsource、大気が放射を射出するところがエネルギーのsinkとして現われる。放射伝達は大気のエネルギー収支とは別のプロセスとして考える。(大気からの放射の射出が気温に依存し、気温は大気のエネルギー収支によって変化するから、両者を連立して考える必要もある。) 放射はいろいろな方向をもつが、気象学での放射伝達の扱いではたいてい、鉛直の上向きと下向きにまとめて扱い、水平方向の伝達は考えない。(とくに精密な計算では3次元の各方向の伝達を考えることがある。)

仕事は、物体が力を受けて動いたとき、力と動いた距離の積である。

大気のエネルギー収支にとって、大気がその外から受けた力による仕事は、問題にならないことが多い。

地表面では摩擦力が働いている。海洋の運動エネルギーを考える際には、この力によって大気が海洋にする仕事は重要なのだが、大気の側では、大気の運動エネルギーの消耗の大部分は大気の内部エネルギーになり、海洋とのやりとりは小さい部分だ。そして、大気のエネルギー全体の収支のうちでは運動エネルギーは小さい部分だ。

しかし、大気の内部で、ある部分が隣の部分を押すことによる仕事は無視できない。

結局、自由大気中の「エネルギーの流れ」として扱う必要があるのは、エネルギーの移流と、大気内部の仕事だ。エネルギーの移流の数量は、大気が単位質量あたりで持っているエネルギーと質量と風速とをかけた形で表現できる。大気内部の仕事も、大気の状態方程式理想気体のものでよく近似できるおかげで、エネルギーの移流とよく似た形で表現できる。両者をまとめて表現するのがふつうなので、仕事の項を仕事として意識せず「熱輸送」に含めてしまうことも多くなっている。

- 8 -
ひとまず気象学を離れて、初歩的な気体の熱力学の枠組みで、気体の体積変化に伴う仕事を考えてみる。
気体が一方向に動くピストンをもつシリンダーにはいっているとする。ピストンの断面積をAとする。気体の圧力を p とする。気体が膨張してピストンが距離 dx だけ動いたとする。(そのあいだの圧力の変化は無視できるとする。) 力 p A によってピストンは距離 dx 移動したので、気体がピストンにした仕事は p A dx となる。気体の体積変化 dV = A dx だから、気体がピストンにした仕事は p dV とも書ける。
一般に、気体の部分が隣の部分にする仕事も、p dV の形をとる。

ここから気象学の話になる。
気象学では単位質量あたりの量について式をたてるので、体積 V のところは、単位質量あたりの体積(specific volume、日本語では「比容」と言われることもある) α で表現することにする[注1][注2][注3]。また、地球の大気は理想気体でよく近似できるが、状態方程式は、空気についての気体定数 Rair ([2012-03-18の記事]参照)を導入して、次のように書くことにする。

p α = Rair T ... (3)
【式の番号は今後つけかえるかもしれない。】

  • [注1] αは密度ρ[ロー]の逆数なので、わたしはふだんはαを使わず 1/ρ と書いているのだが、ここでは微分形を使うつごうでαを使った表現をする。
  • [注2] αという字はアルベド(太陽放射の反射率)にも使う。大気のエネルギー収支の話でもアルベドが出てくる可能性はあるのだが、ここではその意味ではない。
  • [注3] vは速度に使うので体積の意味では使えない。

大気の単位質量の部分が隣の部分にする仕事は、p dα となるが、状態方程式(3)を使って、次のように変形できる。

p dα = d(pα) - α dp = d(Rair T) - α dp = Rair dT - α dp

単位時間あたりの仕事、つまり仕事率(power)にすると、次のようになる。

Rair dT/dt - α dp/dt ... (4)

(4)の第2項の dp/dt は、p座標ならば、鉛直速度にあたる「鉛直p速度」で、ωと書かれる。(ωという字は角速度に使われることもあるがここではその意味ではない。) この項は、エネルギー収支の式を温度変化の形に書いたときには、「断熱変化の項」と呼ばれることが多い (第3部でふれる予定)。

(4)の第1項は、内部エネルギーの変化 cv dT/dt に比例している。そして、圧力一定での比熱容量 cp = cv + Rair なので、内部エネルギーの変化と体積変化による仕事の第1項とをあわせて cp dT/dt と表現してしまうことが多い。これは(単位質量あたりの)エンタルピーの変化ということもできる。

- 9 -
わたしの博士論文のうちで、学術雑誌論文(Masuda, 1988)としても発表できた部分では、大気による、各緯度円を通過する南北方向のエネルギー輸送量の年平均値を計算した。材料として使った風・気温・等圧面高度・比湿のデータは鉛直方向に多数の層それぞれの値だが、結果は全層集計した輸送量であり、層に分けた輸送量を求めることは考えなかった。
【下にあげる式(5a) で言えば、< (E + p α) vH >の南北方向の成分< (E + p α) v > (単位はW/m)を、各緯度円で合計した数値(単位はW)を示したのだった。】
【その後、別のデータによって計算した同様な量を[この教材ページ]の図の緑色の線として示した。】

当時、この問題についての代表的文献は Oort & Vonder Haar (1976)だったので、わたしはその定式化に従い、別のデータセットを使って数量を求めたのだった。式の導きかたにちょっと疑問があったのだが、幸い、1987年に、当時Oort博士が勤めていたPrincetonのGeophysical Fluid Dynamics Laboratoryをたずねた際に、当時大学院生(のちChicago大学教授)の中村昇さんから、Oort博士の講義プリントと中村さんのノートを見せてもらい、理解できたと思った。講義プリントよりは簡略化された形だが、同じ議論はPeixoto & Oort (1992)の本にも書かれている。(Peixoto & Oortの本は、数値情報は1992年のものとしても古すぎるところがあるが、エネルギー収支の定式化は他の教科書よりもしっかりしていると思う。ただしエントロピー収支の章の議論は疑わしい。) Oortは、まず z 座標で、運動エネルギー・位置エネルギー・内部エネルギーの相互の変換を含むエネルギー収支の式をたてている。(初めから p 座標でやろうとするとうまくいかない。p 座標が静水圧のつりあいを前提としていることと、運動エネルギーの生成の理屈とが両立しがたいのだと思う。) それから、z座標でもp座標でも通用する形で、鉛直合計した大気全層のエネルギー収支と水平エネルギー輸送の式をたてている。

Oortの定式化による鉛直合計のエネルギー収支の式を、わたしの第1部の(2)式の変形として書くと、次のようになる。ただし、放射の扱いを、放射が吸収されたところで大気のエネルギーsourceになる(射出されたところでsinkになる)のではなく、大気の上下の境界で大気のエネルギーに出入りするとしたので、(2)式にあった「< Eの源 >」の項がなくなっている(鉛直合計のエネルギー収支だからこれでもよいようだ)。地表面でのFには、放射のほかに、顕熱フラックス(地表面では熱伝導、その上の境界層では乱流輸送)と、水の蒸発に伴う潜熱フラックスを含む([2012-04-29の記事]参照)。なお、Oort & Vonder Haar (1976)や Masuda (1988)ではEのうちの運動エネルギー K は省略した式を示している。

∂< E >/∂t + divH< (E + p α) vH> = + 地表面での正味上向きF - 大気上端での正味上向きF ... (5a)
E = cv T + g z + L q + K ... (5b)
E + p α = E + Rair T = cp T + g z + L q + K ... (5c)

(5a)の式の第2項(移流項)では E に p αが加わっているが、第1項(局所時間変化項)では加わっていない。

ところが、他の人による文献を見ると、局所時間変化項にも cp T + g z を含む、つまり、(5a)の形で言えば、局所時間変化項が∂< E + pα>/∂t になったような式も見かける。わたしは、Oortの定式化のほうが正しいだろうと思っているのだが、それに自信がなくなっている。

状態量としての大気がもつエネルギーの値としては、E に p αを加えるのは正しくないと思う。しかし、それの時間変化の式をたてる際に、移流項だけに加えればよいのか、局所時間変化項にも加えるべきなのかは、わたしにはよくわからない。わたしの理解は、次のそれぞれについて、あやふやなところがあるようだ。

  • 熱力学に出てくる変数(とくにエンタルピー)とエネルギー保存の法則との関係
  • 流体の輸送現象の「移流型」の表現(v・grad T のような形)と「フラックス型」の表現(div(v T) のような形)との関係
  • 静水圧のつりあいという近似や、それを前提として p 座標を採用することが、エネルギー保存の具体的定式化におよぼす影響

- - -
次には、大気中の「熱源」に関する定式化、そしてそれに観測データを入れて数値を求める場合に考える必要があることを論じるつもりだが、いくつか文献を確認して考えを整理する必要があるので、なん日かかかる。

文献

  • Kooiti Masuda, 1988: Meridional heat transport by the atmosphere and the ocean: Analysis of FGGE data. Tellus, 40A: 285 -- 302. 出版元ページ(公開PDFあり) http://doi.org/10.1111/j.1600-0870.1988.tb00348.x
  • Abraham H. Oort & Thomas H. Vonder Haar, 1976: On the observed annual cycle in the ocean-atmosphere heat balance over the northern hemisphere. Journal of Physical Oceanography, 6: 781-800. doi: 10.1175/1520-0485(1976)006%3C0781%3AOTOACI%3E2.0.CO%3B2
  • Jose P. Peixoto & Abraham H. Oort, 1992: Physics of Climate. American Institute of Physics. [読書ノート(英語)]

大気のエネルギー、エネルギー収支、「熱収支」(1)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

- 1 -
気象学のうちで、わたしが大学院生のとき以来、研究者としてやってきたおもな作業は、「エネルギー収支」または「熱収支」(および、それと関連する「水収支」または「水蒸気収支」)に関する「データ解析」だ。【「データ解析」という用語については[2015-04-30の記事]参照。】

実際に計算した数量について、同業の後輩からたずねられて答えようとしたら、かなり長い説明が必要であることに気づいた。そのうちには、同業研究者のあいだでも複数の流儀があって、どちらが適切なのか判断がつかないまま、一方を採用してしまっている点もある。そういったことも書き出しておくべきだろうと思うようになった。

複数の記事に分けて、まず一般の物理科学の概念の気象学への適用、それから気象学研究者が習慣的にしている表現、気象学のうちでも狭い専門集団で通用する表現、そしてわたし自身にも判断がついていないこと、という順序で述べていきたいと思う。(気象学の専門文献を読まないかたに有用なのは途中までになるだろう。いくつめの記事までになるかは書いてみないとわからない。)

- 2 -
エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)は、物理の基本法則であり、気象学ではこれが成り立っていることを前提とする。慣用として「保存」ということばが使われるが、「エネルギーは不生不滅だ」のほうが適切な表現だと思う。

エネルギー保存則の初歩的な説明では、「孤立した系」、つまり、壁をとおして物質の出入りもエネルギーのやりとり(熱および仕事)もないような壁でかこまれた箱のようなものを考えて、この系の内にあるエネルギーは時間とともに変化しない、と述べることが多い。

しかし、気象学への応用では、外とのエネルギーのやりとりのある系を考えることが必要だ。【「開いた系」「閉じた系」という表現は人によってちがう意味で使われるので、ここでは避けておく。[2012-06-07の記事]参照。】

まず、大気・海洋・雪氷・陸面をあわせた気候システム全体を考えると、物質の質量の出入りは(よい近似として)無視できるが、放射(電磁波)の形でのエネルギーの出入りは無視できない。

さらに、そのうちの大気という箱を考えると、海洋・陸面・雪氷との間の水(H2O)という物質の質量のやりとりも無視できない。

注目する「系」として、仮想的に壁でかこまれている箱だが、壁を通じてエネルギーのやりとりがあるものを考えよう。箱の中のエネルギー量は時間とともに変化しうる。ただし、エネルギーが不生不滅であるとすれば、ある時間区間の前後の箱の中のエネルギーの変化量は、その時間区間のあいだに起きた壁を通じたエネルギーの正味の出入り(はいるほうを正として集計したもの)に等しい。わたしなどは、エネルギー保存則といえば、すぐにそういう枠組みを思う習慣ができている。

ただし、実際にエネルギーの数量を計算しようとするとき、われわれは注目するエネルギーの種類を限定している。大気のエネルギーを考えるとき、大気に含まれる原子核核子うしの結合に伴うエネルギーも、分子を構成する原子どうしの化学結合に伴うエネルギーも、数に入れないのがふつうだ。そうすると、「注目しているエネルギー」は不生不滅ではない。注目していないエネルギーから注目しているエネルギーへの変換が起きれば、注目しているエネルギーにとってはsource (わき出し)になる。注目しているエネルギーから注目していないエネルギーへの変換が起きれば、注目しているエネルギーにとっては負のsourceつまりsink (吸いこみ)になる。【この「負のsource」の日本語表現ではいつも困る([別記事]参照)。】 Sourceとsinkを区別する立場もありうるが、ここでは、sinkを負のsourceとして合算した「正味のsource」を「source」(源)として扱うことにする。また、正味のsourceの正負の符号を変えたものを、「(正味の) sink」として扱うこともある。

大気を扱うとき、大気を透過している電磁波(光や赤外線)のエネルギーは、大気のもつエネルギーに含めない。電磁波が大気に吸収されると、そこに大気にとってのエネルギーの(正の) sourceが生じる。大気が電磁波を射出すると、そこに大気にとってのエネルギーのsink (負のsource)が生じる。電磁波が大気によって散乱されることは、(直接には)大気のもつエネルギーを変えない (その後の吸収の可能性を変えることによって、間接的に影響をおよぼすのだが)。

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大気全体をひとつの箱として考えるだけではあまり理解が進まない。場所によって温度などの物理量の値がちがうことを考える必要がある。

大気は流体なので、その部分を粒子のように追いかける「ラグランジュ型」の扱いと、場所に固定して見る「オイラー型」の扱いがある([2012-04-17の記事]参照)。ただし、ここで「場所」を指定する座標系は地球(の固体部分)とともに自転しているものである。

ここではオイラー型で考える。大気を3次元の升目に分けて、それぞれの箱の中のエネルギーの時間に伴う変化が、箱の仮想的な壁を通じたエネルギーの正味の出入り(および箱の中の正味のエネルギーのsource)によって起こる、と考えるのだ。

数式の形でかくときには、箱の大きさを小さくした極限をとって、微分方程式の形にすることが多い。時間と空間座標による微分ですなおに式をたてれば、「『単位体積あたりのエネルギー』の時間変化についての式」になる。ところが、気象では、「『単位質量あたりのエネルギー』の時間変化についての式」をたてる習慣がある。それは(ほかの理由もあるかもしれないが、ひとつには)、鉛直座標として気圧をとった「p座標」([2012-04-09の記事]参照)を使う習慣があり、質量あたりは「(x,y,p)空間の体積あたり」でもあるからだ。ただし、p座標は静水圧のつりあいを前提としているが、p座標の適用範囲外でも、単位質量あたりの量についての式が使われることが多い。

われわれは大気が分子からなっていることを知っている。それにもかかわらず、式をたてるときは、大気のもつ物理量が空間的・時間的に微分できると考えている。大気を連続体で近似しているのだ。そして、大気の物理量のうちには、温度などの熱力学的な量がある。大気の温度は地球上の場所によってちがうので、大気全体は明らかに熱平衡にはない。しかし、空間座標と時刻を決めればその場所の大気はひとつの温度をもち、その場所の温度・圧力・密度の関係は熱力学的平衡の場合と同じ状態方程式に従う、という、「局所熱力学平衡」を仮定して議論を進める。地球大気のうち対流圏・成層圏ではこの仮定をしてさしつかえない(浅野, 2010)。【中間圏の上のほうや熱圏を扱うときは、これが成り立たず、中性分子とイオンと電子が別々の温度をもつと考える必要がある場合もある。】 局所熱力学平衡のもとで、空間座標と時刻との関数である物理量は、分子レベルの量を、じゅうぶん多くの分子が含まれる体積、じゅうぶん多くの回数の分子間衝突がある時間で、平均したものに対応するはずだ。しかしこの体積は、地球よりはじゅうぶん小さいものを想定しているのだ。

大気の単位質量あたりのエネルギーを仮に E [注]と書くと、エネルギー保存の式は、単位質量あたりのエネルギーの時間変化の式として、だいたい次のような形に書ける。

∂E/∂t + div3(Eの流れ) = (Eの源) ... (1)
【式の番号は今後つけなおすかもしれません】

  • [注] ここで E という文字を使ったのは気象学の習慣というわけではなく、仮にenergyの頭文字をとったにすぎない。総量に大文字、単位質量あたりの量に小文字を使うという流儀もあるが、e の小文字は、数学定数(自然対数の底)のほか、気象学では水蒸気圧にも使われるので、ここでは避けたかった。

ここで、divはベクトル解析の「発散」演算子([2016-08-23の記事参照])で、とくに3次元の発散であることを示したかったので添え字「3」をつけた。ここでの「Eの流れ」は3次元ベクトルであり、もしEが流体の流れで運ばれているだけならば、3次元の流速をv3として、「E v3」と書けるのだが、それだけでない(具体的には次の記事で述べる予定)。「Eの源」はEの正味のsource (もし分ければ、source ひく sink)をさしている。

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空間の3次元のうち、鉛直方向だけ、大気全層について、つまり、地表面(海面または地面)から「大気上端」(これよりも上の大気の質量が無視できる高さ)まで合計して考えることがよくある。大気の質量あたりのエネルギーの時間変化をあらわす(1)式を、z座標ならば密度をかけてzで積分する。p座標ならば、pで積分して重力加速度gで割る。すると、次のような「気柱」の単位面積あたりのエネルギーの時間変化の式が得られる。鉛直に大気全層の合計をとる操作を「< ... >」で表現しておく。

∂< E >/∂t + divH< Eの流れ > = < Eの源 > + 地表面での正味上向きF - 大気上端での正味上向きF ... (2)

「Eの流れ」を鉛直に合計したものは水平2次元のベクトルとなるので、それにかかる発散演算子も水平2次元のものである(添え字「H」で示した)。(1)式を示したときには境界条件を明示しなかったが、上下の境界でエネルギーの出入りがある。これを、単位面積あたり・単位時間あたりのエネルギーの流れ、つまりエネルギーフラックス密度として、Fと書いておくことにする。出入りは上向きも下向きもあるが、正味上向きでまとめておく。

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大気がもつエネルギーの内わけを考える。ここでは、質量をエネルギーに含めることはせず、核力のエネルギーや化学結合のエネルギーも除外する。

すると、大気がもつエネルギー E は、運動エネルギー K、地球の重力場位置エネルギー P、内部エネルギー Iからなる。(次の式に出てくるいずれの記号も、空気の単位質量あたりのエネルギーをさすことにする。)

E = K + P + I

運動エネルギー K は、速度(風速)を v3 = (u, v, w)とすれば

K = (1/2) |v3|2 = (1/2) (u2 + v2 + w2)

のように書ける。ただし、風速の鉛直成分は値が小さいことが多いので、大気の水平規模の大きい(およそ100km以上の)現象を考えるときには、水平2成分で近似される。

K ≒ (1/2) |vH|2 = (1/2) (u2 + v2)

位置エネルギー P は、重力加速度 g を定数とみなせば、高さを z として

P = g z

のように書ける。 z の原点は約束で決めてやる必要がある。気象学では、平均海面(陸上でもそれを重力の方向に垂直に延長した「ジオイド面」)を 0 とする。

内部エネルギーは、温度と水蒸気の混合とによって変わるが、近似的に、温度 T (いわゆる絶対温度)に比例する部分と、比湿 (大気の質量のうち水蒸気の質量の割合) q に比例する部分の和として、次のように書かれる。

I = Idry + Ilatent = cv T + L q

ここで cvは空気の体積一定での比熱容量(質量あたりの熱容量)である。(モルあたりではない。したがって c を小文字にしている。) L は水の質量あたりの「蒸発の潜熱」つまり気相と液相のエンタルピーの差である。詳しく言うと、cvは比湿によって変わるし、Lは温度によって変わる。しかし気象データを使って数値を求める計算ではcvもLも定数とみなしてよいことが多い。
物質の出入りがあるとき、エネルギーをどう比較するかには不定性があり、約束で決めてやる必要がある。気象の習慣では、水に伴うエネルギーについては、液体の水を原点にとる。大気に水蒸気が加わるときに、水蒸気と液体の水との差のぶんのエネルギーが加わると考える。しかし、大気から液体の水が出ていくときには、おおざっぱに言えば、エネルギーのやりとりは生じないのだ (詳しい計算では、水の温度による水の内部エネルギーのちがいも考慮する必要があることもあるが)。また、固体の水つまり氷とのあいだの相変化を考えることもあるが、ここではひとまず省略しておく。

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数値を入れてみると、運動エネルギーは、内部エネルギーや位置エネルギーよりも、桁が落ちる。

そこで、大気のエネルギー収支に関する議論は、大きく2つに分かれる。

ひとつは、運動エネルギー、つまり、風に注目して、それがどのようにつくられているかという議論だ。大気の運動つまり風は、大気の外からの力でつくられているわけではない。地表面の境界では力が働いているものの、それは摩擦力であり、大気の運動エネルギーを消費する(内部エネルギーへ変換する)ように働く。風の運動エネルギーは、不均一な加熱・冷却から、内部エネルギー、位置エネルギーを経た変換によってつくられる。それは熱から仕事をつくる熱機関のようなものだ。

もうひとつは、エネルギー全体に注目した議論だ。この場合、運動エネルギーのしめる割合は小さいので、それを無視してしまう場合もある。そして、運動エネルギー以外のエネルギーを、「熱」という状態量であるかのようにみなして、「熱収支」「熱輸送」のような用語を使うことも多い。【現代の熱力学では、「熱」はエネルギーのやりとりの形であって状態量ではないので、わたしはなるべくそれに合わせた用語を使おうと思っている。しかし、既存の気象学の文献の用語を理解することも必要だ。】

「熱」のうちで、水蒸気による部分(上記の Ilatent)を別にして扱うことも多い。同じ場所をしめている大気の成分なのだが、「水蒸気」と「乾燥大気」の2つの箱に分かれているかのように考えて、それぞれの箱についてエネルギー保存則を考えるのだ。(ただし、実際に水蒸気の分子群とそれ以外の分子群がそれぞれ持つエネルギーを見積もるのではなく、5節の式でのIlatentと、Idry+P とを分けて計算するのがふつうになっている。) 大気中で水の相変化が起きると、2つの箱のあいだのエネルギーのやりとりがある。水蒸気が凝結すると、Ilatentが減って、そのぶんだけIdry+Pがふえるのだ。

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3節の「Eの流れ」の内わけをまだ説明していないが、2つめの記事で説明する予定である。

文献