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台風を操作することの実用化を期待してはいけない。研究も慎重に。

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2018年9月3日の読売新聞(東京) 1面の記事によれば、政府 (内閣府、文部科学省、経済産業省)が、「ムーンショット型研究開発制度」というものを始めることを、来年度予算の概算要求にもりこむ予定だという。

これはまだ政府のどの府・省の文書にもなっていないらしく、読売新聞の人が「政府関係者」から聞いたことだそうなので、内容については伝聞によるまちがいがあるかもしれないと思う。

ともかく読売新聞は次のように伝えている。

開発のテーマは「人々の関心をひきつける斬新で野心的な目標」(政府関係者)となる。例えば、(1)...、(2) 台風の洋上の進路を操作して日本上陸を回避する技術、(3) ... などだ。

もし、すでに「台風の進路を操作する技術を開発する」ことで政府の中枢の意志がかたまっていて、予算がとおりしだいそれの引き受け手を公募する、という段取りで進んでいるのならば、われわれは全力で「公募を始める前に考えなおせ」と言わないといけないと思う。

おそらく「台風」は例示にすぎず、この程度に既存技術から遠い課題という意味なのだと思う。そういう課題のうちには国費を投じて研究開発事業をやることが正当化できるものもあるかもしれないが、それであっても実用にいたる確率は低いのにもかかわらず研究開発を試みるということだから、高い確率で研究資金がいわば賭け捨てになってもよいという国民の合意が必要だと思う。

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この「台風の洋上の進路を操作して日本上陸を回避する技術」については、わたしは関連分野の専門家として、危険性を指摘しないといけないと思う。

現代の人間が技術を使い、エネルギー資源を使えば(おそらく化石燃料資源を大量に消費することになるが)、台風の進路や強さに、ある程度の影響を与えることはできるだろう。しかし、思いのままに制御することは、見通せるかぎりの将来には、できないだろう。なりゆきによっては、操作しないよりも大きな災害をもたらす可能性もある。

【問題の構図を示すための仮想的な例として、ある台風の進路が、自然のままにしておけば、伊勢湾直撃となるものだったとする。そして、日本のずっと南の海上で台風の進路を東側にずらすような操作が可能だったとする。その操作の大きさを、進路が日本列島から 500 km ぐらい東をとおることをねらって決めたとする。しかし、操作の効果には不確かさがある。東にそらす効果が予想よりも小さめだったら、たとえば東京湾直撃になってしまう可能性もある。】

しかも、もし操作をしなかったら進路や強さはどうなるかに関する予測も、今後精度向上の努力をしたとしても、大きな不確かさを含む。だから、操作の効果があったかどうかの評価も困難だ。研究プロジェクトが成功だったかどうかも、いつまでも定まらないだろう。さらに、もし、日本の国の事業によって操作を受けた台風が、外国に被害をあたえ、被災国が日本に巨大な損害賠償を要求してきたら、日本は「それは操作のせいではない」と証明することはできそうもない。責任を確定しないまま賠償するか、長期的な国際関係悪化を招くか、いずれにしても、日本にとって大きな損失になる可能性もあるのだ。

本番の実施だけでなく、技術としてなりたちうるかたしかめるための野外実験も、副作用の可能性について、とても慎重にしなければならない。机上や計算機によるシミュレーションや、この技術が社会に与える影響やその対策についてのレビューは、奨励してもよいと思う。しかしそれは、実用に結びつくことを願うほうに偏った態度でやってはいけないと思う。

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2節で述べたような教訓は、Fleming (2010, 2012)の本(とくに第5章、第6章)で述べられているように、すでに20世紀なかばの気象の人工的改変の研究の過程で得られているのだ。

この Fleming の議論の要点は、National Research Council (2015)の報告書の Appendix C ( https://www.nap.edu/read/18988/chapter/11 ) 「Planned Weather Modification」にも収録されている。

  • James Rodger Fleming, 2010: Fixing the Sky: The checkered history of weather and climate control. New York: Columbia Univ. Press, 325 pp. ISBN 978-0-231-14412-4.
  • [同、日本語版] ジェイムズ・ロジャー・フレミング 著, 鬼澤 忍 訳 (2012): 気象を操作したいと願った人間の歴史。 紀伊國屋書店, 521 pp. ISBN 978-4-314-01092-4. [英語版読書メモ] [日本語版読書メモ]
  • National Research Council, 2015: Climate Intervention: Reflecting Sunlight to Cool Earth. National Academies Press. ISBN 978-0-309-31482-4. http://www.nap.edu/catalog/18988/ [読書メモ]

ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (5)

【まだ書きかえるかもしれません。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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[ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (4) (2016-03-30)]の記事を書いてから2年がたった。そのあいだ、わたしはこの話題に関する知識をあまり更新していない。

これも直接たしかめておらず、伝聞によって述べるのは気がひけるのだが、近ごろ英語圏では、geoengineering や climate engineering のような包括的な用語を使うことは減ってきて、carbon removal と solar geoengineering に分けた表現が使われることが多いのだそうだ。

わたしも、従来の慣用略語でいう CDR と SRM をいっしょにしないことには賛成だ。

ただし、それぞれをどう呼ぶかとなると、英語からの直訳ではなく、適切な表現を考えるべきだと思う。考えても、普及してくれるかどうかは、また別の課題になるが。

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訳語としては、carbon dioxide removal は「二酸化炭素除去」、carbon removal ならば「炭素除去」でよいだろう。

しかし、removal は、どこから取り除くか、が問題だ。それは「大気から」だろう。この用語を使う人の意識が大気に向かっているあいだはそれでよいのだが、この技術を実現するためには、どのような化合物としてかはともかく、地表面から下のどこかに、炭素を受け入れてもらわなければならない。受け入れる側にとっては、removalは不当な表現だろう。(たとえ「二酸化炭素」という形では世界のどこにも残らないとしても。)

やりたいことは、炭素が大気中に出てこなくすることだ。すでに使われている表現としては、sequestration (隔離)がある。ただし、これは、CCS の S として使われることがあるので、CDR のうちでも人工的隔離技術にかぎる印象を与えがちだと思う。(CCS の S は、どちらかといえば、storage (貯留) であることが多いのだが。)

「動きにくくする」という意味で、わたしが思いあたる用語は、「固定」だ。英語では fixation だろう。

(「固定」に思いあたったのは、「(空中)窒素固定」からの連想だ。窒素固定では、大気中の窒素( N2 )を、アンモニアや硝酸塩などの物質に変える。ただし、この場合、つくられた物質はあまり安定ではないので、大気から隔離することにはなっていないかもしれない。しかし、少し動きにくくはなっているだろう。)

そこで、わたしは、CDR にかえて「二酸化炭素固定」という表現を提案したい。(英語の場合はよく考えていないが、carbon dioxide fixation、略して CDF だろうか?)

- 2a [2018-05-27 補足] -
炭素あるいは二酸化炭素の「固定」という用語は、生物学のほうでは、酸化還元状態が二酸化炭素よりも還元側の物質(有機化合物あるいは単体炭素)をつくる場合に限って使うので、二酸化炭素をそのまま地下にとじこめる場合に適用するのはまずい、というご意見をいただいた。

わたしは「固定」ということばをそれとはちがう感覚で使っている。気体や液体のままでは固定とはいいがたいが、固体になるならば、酸化還元状態を問わず、「固定」と言えると思う。二酸化炭素と同じ酸化レベルの炭酸塩でもかまわない。そして、地層中に二酸化炭素を注入する場合はたいてい炭酸塩の固体ができることによって長期維持されることを期待しているので、「固定」にふくめてよいと思うのだ。

しかし、還元する場合に限る使いかたが定着しているのならば、それを尊重するべきかもしれない。

これから「固定」ということばの使われかたを調べて、あらためて考えたい。

暫定的には「固定」ではなく「二酸化炭素隔離」という表現を使いたいと思う。大気から隔離するという意味である。

- 2X -
二酸化炭素固定と「緩和策」の区別は難題だが、たとえば「火力発電所をCCSつきにする」ことなどは、緩和策でもあるし二酸化炭素固定でもある、ただし温暖化対策をかぞえあげるときには二重にかぞえないように注意する、というのが順当なところかと思う。

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太陽放射の反射をふやすほうはどう呼ぶのがよいだろうか。

もし solar engineering というと、太陽を操作することと思われるおそれがあるが、 solar geoengineering ならば、geo がはいっているから、地球の側のどこかを操作することになるので、意味のまぎれはあまりないかもしれない。

しかし、日本語では、「太陽地球工学」では、意味がつかめないか、磁気圏や電離層などを扱う「太陽地球系科学」の関連だと思われそうで、よくない。「太陽気候工学」もわかりにくいと思う。

かたかなの「ソーラー」ならば、使われる文脈はおもに太陽エネルギー利用だから、太陽放射をさすことが伝わるかもしれない。しかし「ソーラー工学」では利用技術と思われるだろう。「ソーラー地球工学」「ソーラー気候工学」も、わたしには変な感じがする。

やはり「放射」(radiation)ということばを入れたほうがよいと思う。

ただし「管理」(management)は、人間の思いどおりに操作できるという印象を与えるので(それだから賛成する人も反対する人もいると思うが)、まずいと思う。技術でできることは modification、日本語ならば「改変」である、という立場をとるべきだと思う。

(太陽から来る放射を改変するわけではなく、地球を構成する物質がそれを反射・吸収するところを改変するのだ、ということも、明示したほうがよいとも思うが、簡潔な表現を思いつかない。)

前に書いた案のくりかえしになるが、「太陽放射改変」としたい、と思った。

- 3X -
ここまで書いたところで、前に書いた「(4)」の記事を読みかえしたら、放射能関係の「放射壊変」(原子核放射線を出してほかの種類の原子核に変わること)と音が同じになるという難点があることを、わたし自身が指摘していたのだった。

電磁波をさす「放射」と放射能関係の「放射」は、語源も同じだし、専門家にとってはまぎれないものの、しろうとから見ると文脈による区別をしにくい用語だと思う。太陽放射の全部が可視光線ではないのだが、「太陽放射」は「太陽光」と表現したほうがよいかもしれない。【[2018-05-21補足] わたしは、地球放射の主要部分をしめる熱赤外線(波長10 μmあたり)については「光」という表現はまずいと思うが、太陽放射の無視できない部分をしめる近赤外線(波長1 μmあたり)を「光」にふくめるのはかまわないと思っている。】

「改変」の言いかえは、うまい表現を思いつかない。「太陽放射変更」も変だろう。発想を変えると、想定される太陽放射改変(仮称)のすべてではないとしても多くの場合にすることは、地球による太陽放射の反射をふやすことだ。それを直接的に表現すれば、「太陽光反射強化」となる。この表現がよいだろうか?

太陽放射改変を制御することを考えた計算 (Kravitz, MacMartinほか 2016)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

意図的気候改変(geoengineering、気候工学)に関する論文の紹介とコメントの2件め。

Kravitz, MacMartin, Wang, Rasch (2016)の論文を読んだ。Kravitz氏は、気候モデル実験の研究者で、geoengineeringに関する数値実験を多数の気候モデルで同じ条件でおこなう共同研究プロジェクト「GeoMIP」の幹事役として知られる。Kravitz et al. の論文はたくさんあってほとんどはGeoMIPの成果だが、今度のはそうではない。

この論文では、太陽放射改変(SRM、この論文の表現ではsolar geoengineering)をシステム制御の問題と考える。目標変数を観測し、観測値と目標値の差に応じて、強制変数の値を調節することを続けていく。線形制御理論を応用している。(理屈の説明にはラプラス変換が出てくる。わたしはそのあたりを詳しく追いかけていない。)

【GeoMIPを含む他の多くのモデル実験では、強制の与えかたはあらかじめ決めており、目標変数からのフィードバックはかかっていない。】

この研究では、ひとまずSRMの実現方法の問題をたなあげして、地球に正味で入射する太陽放射の量(以下これを「日射量」と表現する)を強制と考え、それを自由に変えられると仮定している。先に出たMacMartinほか(2014)の論文では、強制は全球平均日射量、目標は全球平均地上気温のそれぞれ1変数を扱った。今度の論文でも基本的発想は同じなのだが、多変数にする。具体的には次のとおり。

  • 2×2問題: 強制は北極圏の日射量と南極圏の日射量、目標は、北極圏の地上気温と、全球の降水の緯度分布を表現する1つの係数。
  • 3×3問題: 強制は日射量、目標は地上気温。それぞれ緯度のsineの直交多項式で、0次、1次、2次の項。

気候モデルとして、まず、ESM(地球システムモデル)のひとつであるCESM (Community ESM、NCARが中心となって作ったもののはずだがこの論文ではNCARの名まえを出していない)を使っている。このモデルでは、工業化前のCO2濃度を維持したコントロール実験と、CO2濃度を毎年1%の複利で漸増させた実験がすでに行なわれている。そのCO2漸増の条件のもとで、2×2問題の1変数制御・2変数制御、3×3問題の1変数制御・2変数制御・3変数制御の実験を行なった。目標変数の目標値として、コントロール実験の長期平均値をとったようだ。

このCESMによる実験では、CESMの計算値を真の気候システムの観測値とみなしている。それでは、結果は制御しやすいほうに偏ってしまうだろう。そのことは著者たちも考えていて、CESMによる気候の表現が完全でないことからくる不確かさを評価するための試みとして、CESMによる制御実験で決めたフィードバックパラメータを、別のESM (GISSのもの)に適用した実験も行なった。(わたしには、これで不確かさの評価として充分とは思えないが、それに向かう最初の試みとしては理解できる。)

結果として、制御はうまくいったように見える。

  • 2×2問題では、北極圏の日射量だけを制御するのでは、気温は目標に近いところにとどまるけれども、熱帯の降水帯(ITCZ)の緯度がずれる。しかし、南極圏の日射量も制御すれば、降水の緯度分布も、コントロール実験に近い状態を維持する。
  • 3×3問題では、強制変数と同じ次数までの目標変数を制御することができた。つまり、0次で全球平均の気温の上昇、1次までで気温の応答の南北非対称性(その結果として降水帯の緯度のずれ)、2次までで低緯度で冷やしすぎ・高緯度で冷やし不足という形の偏差を、それぞれ小さくすることができた。

ただし、GISSモデルでの実験とCESMでの実験とでは違ったふるまいをした。2×2問題で2変数を制御した場合、南極圏の日射量はCESMでは増加、GISSでは減少させる必要があった。3×3問題で2変数または3変数を制御した場合、日射量の1次(南北非対称)の項は、CESMでは10年ほど負のほうに拡大してそれから縮小するのだが、GISSでは変化が小さい。わたしは、このことが、現実の気候システムで温度や降水の南北非対称成分を日射量の強制によって制御することがむずかしいことを示唆していると思う。それに比べると、南北対称な低緯度と高緯度のコントラストを示す2次の項のほうが制御しやすいように思われる。3×3問題で、0次と2次の2項だけを制御した実験をしていないのが残念だ。

残された課題として、まず、自由度(実質的な目標変数の数)をどこまでふやせるか、という問題がある。(著者も地域ごとの気候の制御については楽観していないが、わたしの主観的印象では、3変数止まりか、季節依存性を少し追加できるところまでかと思う。)

また、当然ながら、SRMを実現する方法に関する問題も残っている。成層圏エーロゾル注入ならば、ここで考えた気候システムと、注入するエーロゾルの(緯度・高さ・季節ごとの)量から放射強制への連関とが複合したシステムを制御する問題になる。

わたしの感想として、SRMの技術アセスメントをするならば、気候がどのくらい詳しく制御可能かをさぐる研究はもっと必要だと思う。ただし、SRMに関する数値モデリング研究が「気候を望ましい状態に向かって制御する」という発想のものばかりになってしまうとまずいとも思う。

文献

  • Ben Kravitz, Douglas G. MacMartin, Hailong Wang, and Philip J. Rasch, 2016: Geoengineering as a design problem. Earth System Dynamics, 7: 469-497. http://doi.org/10.5194/esd-7-469-2016 (無料公開)
  • Douglas G. MacMartin, Ben Kravitz, David W. Keith and Andrew Jarvis, 2014: Dynamics of the coupled human–climate system resulting from closed-loop control of solar geoengineering. Climate Dynamics, 43: 243-258. http://doi.org/10.1007/s00382-013-1822-9 (本文は有料)

記事カテゴリー「気改」 = 意図的気候改変(気候工学、ジオエンジニアリング)

このブログに、意図的気候改変(気候工学、ジオエンジニアリング)に関する記事をときどき書いている。それを検索するとき、キーワードだけでは見つかりにくいので、ブログの「カテゴリー」という機能で示しておくことにした。

ただし、このブログでもカテゴリーによっては、一定の記述態度をもったシリーズをめざしているものもあるが、このカテゴリーは、題材に共通性があるというだけで、さまざまな記述態度のものを含む。

すでに記事題目が長いので、カテゴリー名の字数は少なくしたい。英語の頭文字にすることも考えたが、「CM」ではclimate modificationとはちがったものを思い起こしそうなので、日本語の「気候改変」を略して「気改」とすることにした。単語として見かけたことのないキカイ(奇怪)な文字列で申しわけない。

太陽放射改変の現実的(?)なシナリオ (Keith & MacMartin 2015)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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地球温暖化の対策としての意図的気候改変(「気候工学」)について、[2016-05-10の記事]で予告したように、読んだ論文の紹介・論評をしていこうと思う。この記事はその1つめだが、2つめにいつ何を扱うかはまだ決めていない。

Keith & MacMartin (2015)の論文が出た。「論じる文」で、のった雑誌の記事分類は「Perspective」となっている。その論点は、Keith (2013)の本にも出てきたものなのだが、もう少していねいに論じられていると思う。数量の例もグラフで示されているが、それは例であって、定量的な詳しい検討がされているわけではない。

話題は、気候工学のうち、太陽放射改変(SRM)にしぼられている。そのうち成層圏エーロゾル注入によるものを念頭においた部分もある。

ここでは、わたしが理解したことをわたしのことばで述べるとともに感想を添える。論文のすなおな紹介からはいくらかずれるかもしれない。

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著者は、世の人々がSRMをこわがりすぎていると考えている。それは、これまでの研究者たちがSRMの特徴を示す際にSRMの使いかたに関して極端な想定をしていたからだ、と考えている。

SRMは海洋酸性化の進行を止めない」という議論がある。その指摘自体は正しい。しかし海洋酸性化を進行させるのは二酸化炭素排出である。SRMが悪いのではなくて、二酸化炭素排出削減の意欲がそがれるのが悪いのだ。【著者は、気候工学と排出削減との重みづけを考えるような政策決定の課題があることを認識してはいるのだが、自分たちの役まわりはそれではなく、そこで使われる気候工学の技術評価だと考えているようだ。いわば、著者は大工さんではなくかなづち屋さんなのだと思う。この項目の議論は、「かなづちは悪くない。かなづちがあるとねじまわしを使う意欲がなくなるのが悪いのだ。」にあたるような気がする。】

SRMをやると世界の降水量が減ってしまう (そして農業生産などに悪影響がある)」という議論がある。確かに、GeoMIPというプロジェクト(2016-05-10の記事参照)で行なわれたシミュレーションでは、温室効果強化をSRMで打ち消した場合の気候のほうが、温室効果が強化される前の気候よりも、降水量は(地域によってさまざまではあるが) 熱帯の陸上で少ない傾向があり、世界平均でも少なくなっていた。しかし、それは、SRMをやれば一般にそうなるというものではなく、GeoMIPで想定されたSRM実施のシナリオに依存する特徴なのだ。GeoMIPのG1からG4までの実験で与えられたSRMはそれぞれ違っているが、大まかに言えば、世界平均で、温室効果強化による放射強制を、SRMによる負の放射強制で打ち消す、というものになっている。著者に言わせれば、それは強すぎる。降水量が減らない水準までにとどめればよいのだ。そうすると温暖化は残るが、人間社会はそれに適応することを考えればよい。【「かなづちは悪くない。かなづちで力いっぱいたたくのが悪いのだ。手加減してたたくべきだ。」】

著者も、GeoMIPのシナリオは、SRMに対する気候システムの応答を調べる基礎研究のためには、よいと考えている。そこでは、SRMの与えかたがまぎれなく定義されていること、結果のシグナルがじゅうぶん大きいことが求められるのだ。【純粋な理論研究ならば、ノイズのない基本場に、微小振幅の強制を与える、という方法をとることが多い。強制が微小ならば、強制への応答どうしの積を無視した線形論が使えるので、理屈がわかりやすいのだ。しかし、大気・海洋大循環モデルでは、強制なしでも(一定の境界条件でも)、毎日の天気や、天候年々変動が生じる。それらは、強制への応答を見る際にはノイズとなる。応答のシグナルがノイズレベルを上まわるようにするには、かなり大きい強制を与える必要がある。】

しかし、SRMは実用になりうるかを考えたり、SRMと他の対策との長所短所を比較したりする目的には、もっとおだやかなシナリオを念頭におくべきだ、と著者はいう。

SRMを止めると急激な温暖化が起こるので、SRMは永久に続けなければならなくなる」という議論がある。これも、SRM自体の問題というよりは、SRM実施のシナリオに依存する問題だ。この件についての著者の具体的な考えは次の節でふれる。【「かなづちは悪くない。かなづちをいつどこにかたづけるかまで計画しておけばよいのだ。」といったところだろうか。】

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著者が提案する実施シナリオの特徴は、論文の題名にあるように、temporary, moderate, responsiveだ。

Temporaryは、永久的でないということだが、著者が想定している例では、2200年に終わるようにする(2100年ごろ以後は減らしていく)というもので、政治の場では考えがたい長期の計画になる。用語も「一時的」とは言いがたいので「時限的」としておきたい。二酸化炭素排出のほうも2100年ごろ以後は正味でゼロに近い状態が想定されているようだが、大気中の二酸化炭素濃度の変化は百年よりも長い時定数をもつ部分があるので、2200年には人為起源の温室効果がかなり残っている。著者は、人間社会はそれに適応すればよいと考えているようだ。逆に言えば、従来の、SRMは永久に続けなければならなくなるという主張は、SRM温室効果強化を完全に打ち消すべきだという発想に(厳密にそうなると仮定しなかったとしても)引きずられていたのかもしれない。

なおGeoMIPのシナリオのうちにも永久的でないものはあるのだが、そこではSRMの強さを大きい値から急激にゼロにすることを想定していた。(そこで気候にはどのくらい急激な変化が起きるかシミュレートしてみたいという意図があった。) ここでは、ゆるやかにゼロに近づけることが想定されている。

Moderateは、おおざっぱに言えば、SRMの強さは、温室効果強化を半分くらい打ち消す程度にとどめておこう、ということだ。ただし「半分」という数値を指定しているわけではない。経済学的考察から、直接の効用と費用のほかに、間接的な影響(たとえばオゾン層減損)による損失も考慮して、正味の利得が最大になるところ、あるいはパレート最適になるところを求めると、可能な最大と最小のレベルのどこかになるだろう、という議論をしている。その中で、SRMの強さを少しずつ増していくと、SRMの強さの増加あたりの効用の増加は逓減するだろう、他方、間接的な影響による損失は急に強まるかもしれない、といった議論もしている。

Responsiveは、あらかじめ決めたら計画のとおりに実施するのではなく、常時状況を観測して、SRMの強さを調整しながら実施するということだ。「状況」と書いたことのうちには、放射強制の強さ、気温や降水量などの気候の状態、オゾン層などの間接的影響を受けるおそれのある対象の状態が含まれる。

状況の変化には、自然の変動、人為起源の温室効果強化の影響、SRMの影響が混ざっていて、分離して認識することは困難だ。それを分離しやすくするために、(responsiveというよりはtemporaryのほうになるが)、SRMの強さを、自然現象と違った時系列特性で変動させて与えることも考えられる、とも言っている。

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わたしの考えだが、GeoMIPに似たシミュレーションをするためのシナリオとしては、responsiveにすることは困難だと思う。Moderateは、世界平均の温室効果を一定の割合(たとえば半分)だけ打ち消すという形で、temporaryは、終わりの年限にSRMがゼロになるようにゆるやかに減らすという形でならば、扱えると思う。

文献

  • David Keith, 2013: A Case for Climate Engineering (A Boston Review Book). Cambridge MA USA: The MIT Press, 194 pp. ISBN 978-0-262-01982-8. [読書メモ]
  • David W. Keith and Douglas G. MacMartin, 2015: A temporary, moderate and responsive scenario for solar geoengineering. Nature Climate Change, 5: 201-206. http://doi.org/10.1038/nclimate2493

気候工学(意図的気候改変)を正当にこわがる(?)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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地球温暖化の対策としての意図的気候改変(いわゆる「気候工学」あるいは「ジオエンジニアリング」、以下便宜上「気候工学」という表現を使う)については、このブログでたびたび話題にしてきた。今度は個別の論文をとりあげて紹介・論評しようと思ったのだが、その前に、序論的なことを述べたくなった。

寺田寅彦のことばに、「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、 正当にこわがることはなかなかむつかしい。」というものがある ([別ページ]参照)。これは、リスク、つまり不確かな危険があることがらについて、共通に言えることなのかもしれない。

気候工学に対する人々の感覚も、「こわがりすぎる」ものから「こわがらなすぎる」ものまで、いろいろな位置の人がいるように思う。

それは、地球温暖化(人間活動起源の二酸化炭素などが原因となる意図しない気候改変)をどれだけこわがるかと関係がある。しかし単純な相関関係ではない。原因はともあれ気候が変化することをこわがる感覚からは、地球温暖化をこわがることと気候工学をこわがることとには正の相関が生じそうだ。他方、気候工学の必要性を感じることも、地球温暖化をこわがることと正の相関がありそうだ。必要性を感じることはこわさを抑制するとは限らないが、もし抑制するならば、地球温暖化をこわがることと気候工学をこわがることとには負の相関が生じそうだ。

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気候工学に対する人々の態度を、わがりすぎ(K)からこわがらさすぎ(N)まで、4つに大別することを試みてみる。(ここでは「研究」に関する態度の違いに注目した。いわゆる「ガバナンス」に関する違いもあるが、ひとまず省略している。)

  • K: 気候工学の実施だけでなく、それを研究することにも反対する。
  • L: 気候工学の実施には反対するが、その効果や環境影響を研究することには賛成する。
  • M: 気候工学を将来実施できるように技術開発をすべきだとする。ただしその効果や環境影響について慎重な研究が必要だとする。
  • N: 気候工学の実施に向けてまっしぐらに技術開発をすべきだとする。

このKをこわがりすぎ、Nをこわがらなさすぎと決めつけてはまずいと思う。彼らが正当である可能性もあるのだ。しかし、現に人々の意見がK, L, M, Nにわたって分布しているときに、国として、また国際社会としての政策を決めなければならないとすると、強硬なKやNの人にも主体的に参加してもらった議論の場をつくるのはむずかしい。最終的な意志決定ではKとNの人にも(妥協になるだろうが)了解してもらわなければならないが、その前の立案は、LとMの人々が共同で、具体的な技術評価や環境評価もおこないながら、合意できる範囲をさぐっていく必要があるのではないかと思う。

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自然科学者のうちで、2節で「L」とした態度の代表的な人として、Alan Robock 氏 (アメリカのRutgers大学教授、大学内の個人ウェブサイト http://www.envsci.rutgers.edu/~robock/ )がいる。[2015-11-11の記事]で紹介したように、火山噴火が気候におよぼす影響を研究している人でもある。

気候工学のうちの太陽放射改変、とくに成層圏にエーロゾルを入れて太陽光の反射をふやす技術について、実施には反対すると述べている(Robock, 2012)。また、野外実験にも消極的である。

しかし、シミュレーションによる研究には積極的だ。世界の多数の気候モデル研究者が条件をそろえて数値実験をおこなう共同研究プロジェクト GeoMIP (geoengineering model intercomparison project)の主要メンバーのひとりであり、プロジェクトのウェブサイト http://climate.envsci.rutgers.edu/GeoMIP/ を提供している。

太陽放射改変については、地域ごとの気候に望ましくない変化が生じることを心配する。とくに「アジアモンスーンの雨が減り、かんばつのおそれがある」という議論をよくする。しかし、アジアモンスーン研究者でもあるわたしから見ると、実際にはアジアのうちでも地域によって乾湿の変化はさまざまだろうと思う。「ところによっては雨が減るだろう」ということならばもっともだ。

しかし悲観的なことばかり言っているわけではない。GeoMIPの条件で農業生産の変化をシミュレートした研究では、地域ごと、作物ごとに見ると、収量が減るところもあるがふえるところもあることを示している。(ただし、数値モデルや数値実験の設定に依存した結果なので、現実にその地域その作物について安心していいわけではないという注意もする。)

文献

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自然科学者のうちで、2節で「M」とした態度の代表的な人として、David Keith氏 (アメリカのHarvard大学教授、研究室ウェブサイト http://www.keith.seas.harvard.edu/ ) がいる。その主張を一般の人向けに書いた Keith (2013)の本がある。気候工学とされる技術のうち、大気からの二酸化炭素回収隔離については、ベンチャー企業の発起人としてかかわっている。他方、太陽放射改変については、学者としてかかわっている。

本の題名にも現われているように、気候工学の内容に立ち入った研究者のうちでは、「推進派」ということができるだろう。成層圏エーロゾル注入の基礎的野外実験については実際に推進しようとしている。ただし、気候工学がリスクをともなう技術であることも認識しており、手ばなしの推進派(わたしの分類の「N」の人)が政策決定を主導するようになったらこわいと考えている。

2010年から毎年、ジオエンジニアリングあるいは気候工学に関して、多くの国から若手研究者などを集めた「夏の学校」が開かれてきた。Keith氏はその発起人のひとりであり、2013年にはその本拠地であるHarvard大学で開催している。このような活動は、わたしの分類でいう Lの人とMの人の共通認識ができることを目指したものと言うことができると思う。

文献

  • David Keith, 2013: A Case for Climate Engineering (A Boston Review Book). Cambridge MA USA: The MIT Press, 194 pp. ISBN 978-0-262-01982-8. [読書メモ]

ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (4)

【まだ書きかえるかもしれません。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[(1) 2013-11-03の記事][(2) 2014-01-19の記事][(3) 2015-04-18の記事]の続き。

最近、Pereira (2016)の論文が出た。

【ドイツの Kiel Earth Institute がやっているClimate Engineering ( http://www.climate-engineering.eu/ )というウェブサイトに、気候工学に関する新しい論文や報道などの紹介がのる。この文献も、そこに紹介がのっていたのを、研究なかまの人から教えてもらったのだった。】

これは、ジオエンジニアリングあるいは気候工学と呼ばれている一連の対策についての概念を考えなおそうとするものだが、それだけでなく、人為起源気候変化(地球温暖化)の対策全体を、分類しなおそうというものだ。[(2)]で紹介したBoucherほかの2014年の論文もそういうものだったが、Boucherほかがおもに地球科学的観点から考えたのに対して、Pereiraはおもに社会の観点から、とくに国際協力を意識して考えたと言っている。また、抜け落ちのないように、つまり考えられる限りの温暖化対策がどれかの類に分類されるようにつとめている。

結論的な分類案はその論文の図2にまとめられている。

  • 従来型の緩和策 (conventional mitigation) ... 大気への温室効果気体追加を減らすこと。ほぼこれまで「緩和策」と言われてきたものと同じだが森林育成は除く。化石燃焼排気からの二酸化炭素回収隔離(CCS)はこれに含む。
  • 介入型の緩和策 (interventional mitigation) ... 大気から温室効果気体が取り除かれるのをふやすこと。これまで気候工学のうちの二酸化炭素除去(CDR)と言われてきたものと、森林育成を含む。バイオ燃料CCS (BECCS)もここに含む。
  • 放射管理 (radiation management) ... 地球の気候をひやすこと。ほぼこれまで気候工学のうちの太陽放射管理(SRM)と言われてきたものと同じ。巻雲を減らすことによる地球放射改変も含む。
  • 適応 (adaptation) ... (広域の)気候の変化にあわせて人間生活のほうを変えること。建物の規模の気候を改変することはこちらに含めている。
  • 補償 (rectification) ... 気候の変化によって不利益をこうむる人々に対して、(不利益となることがら自体は消せないが)金銭やその他の代償によってつぐなうこと。地球温暖化対策の分類のひとつとして立てたのはHeyward (2013)だそうだ。

分類の考えかたは大筋でもっともだと思う。ただしCCSを分割するのは苦しいところで、わたしはあまり賛成しないが、[(3)]で紹介したNational Research Council (2015)の報告書とは同様の分けかたである。なお、用語はもう少し考える必要があると思う。とくに「放射管理 (radiation management)」は、National Research Councilの報告書で議論されたような問題があるので、たとえば「放射改変 (radiation modification)」のほうが適切だと思う。【日本語表現は、「放射壊変」とまぎれることも心配するならば、さらにくふうが必要。】 また、「従来型の緩和策」「介入型の緩和策」よりも、「温室効果気体排出削減 (GHG source reduction)」と「温室効果気体吸収促進 (GHG sink enhancement)」のほうがよいと思う。

そこでPereiraの分類をわたしなりの表現で書きなおしておく。

  • 温室効果気体排出削減 (GHG source reduction)
  • 温室効果気体吸収促進 (GHG sink enhancement)
  • 放射改変 (radiation modification)
  • 適応 (adaptation)
  • 補償 (compensation)

文献

  • C. Heyward, 2013: Situating and abandoning geoengineering: A typology of five responses to dangerous climate change. Political Science & Politics, 46: 23-27. http://doi.org/10.1017/S1049096512001436 [わたしは読んでいない]
  • Joana Castro Pereira, 2016: Geoengineering, scientific community, and policymakers: A new proposal for the categorization of responses to anthropogenic climate change. SAGE Open, January-March 2016: 1–11. http://doi.org/10.1177/2158244016628591

気象(天気)改変、天候改変(?)、気候改変

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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これまでわたしは、気候改変(climate modification)を話題にするときに、これと気象改変(weather modification)とは、無関係ではないものの、別ものと考えたほうがよい、と言うようにしてきた。

ところが最近、地球温暖化対策としての「気候工学」(climate engineering)あるいは「ジオエンジニアリング」(geoengineering)、つまり意図的気候改変の問題にどう取り組むかを考える研究集会で、参加者による話題提供を聞いて、この両者の中間に位置づけられるものもあることに気づいた。気候改変と気象改変が同じことだというわけではないのだが、 連続分布するものごとの二つの部分と見るべきなのかもしれない。

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「気候」ということばの定義は一定していないが、ひとまず、気候も「天気」も、気温や降水量などの気象変数で表現されるものだという立場によってみよう。天気は1日ぐらいの時間規模をもつ。日本語で言う「気候」は10年の桁以上の時間規模をもつ(ただし季節は分けて認識される)。「気候が変化する」と言うときは、(定義ではなく例として)、気象変数のある30年の平均値と次の30年の平均値との間に有意な違いがあるような状況になっている。生物や人間社会に打撃を与えるのは長期平均値よりもむしろ極端現象なのだが、30年くらいの期間の極端現象の出現頻度が変わることと、平均値が変わることとは、伴って起きることが多いのだ。

日本語には「天候」ということばがある。「今年の夏は冷夏だ」というような、季節(数十日から百日)の時間規模の気象変数で表現できるものごとの、年々変動(数年の時間規模の変動)は、「天候の変動」というのが適切で、「気候の変動」だとはあまり言わない(次に述べるような英語などからの翻訳表現としては言うことがあるが)。気象庁で行なわれている年々変動の予測は「季節予報」と言い、「気候予測」とは言わない。しかし、英語ではこの時間規模の現象も climate に含まれる。アメリカ合衆国のNOAA (海洋大気庁) にはClimate Prediction Centerという部署があるが、その主要な任務はエルニーニョ現象などの年々変動の予測なのだ。

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政策課題となっている「気候変動」(climate change)または「地球温暖化」は、1節で述べた「気候が変化する」ことのうちで、人間活動に由来する二酸化炭素などの温室効果気体の増加による変化である。地球温暖化への人間社会の対応として、気候の変化に適応することと、原因となる二酸化炭素などの排出を減らすこと(専門用語で「緩和策」という)とが重要であることは明らかだ。しかし、それだけでは不足かもしれないので、温暖化を打ち消すような意図的気候改変(「気候工学」)の技術も持つべきではないかという考えが出てきた。これに対する賛否両論にはそれぞれもっともなところがある。

温室効果強化による気候変化(意図しない気候改変)は、時間的には、30年よりも長い規模で起こる現象である。空間的には、数値は一様ではないものの、世界のほぼどこでも地上気温が上がるという意味で、全世界一様に近い形で起きる現象である。(ただし降水・乾湿については、場所によって雨がふえるところもあれば乾燥するところもあり、一様とはほど遠い。) そこで、もしこれに対抗するために意図的気候改変をするとすれば、それは、30年よりも長い時間規模で、全世界という空間規模で、温暖化を打ち消す効果があるものが望ましい、と考えることが多かった。

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意図的気候改変(「気候工学」)のいくつかの提案のうち、技術的実現可能性がいちばん高いのは、太陽放射を地球が反射する割合をふやすために、成層圏にエーロゾル粒子を散布する構想だ。エーロゾル物質としては硫酸が想定されることが多い。これは、大きな火山噴火の際に自然に起こっていること([2015-11-11の記事]参照)と似ている。時間的には、成層圏にエーロゾルがとどまる時間規模は1-2年だから、なん十年にもわたって効果をもたらすためには1-2年ごとに散布をくりかえさなければならない。空間的には、熱帯成層圏のどこかにエーロゾルを入れれば全世界規模に広がって働きそうだ。エーロゾルが太陽放射をさえぎることによる直接的効果は、世界のほぼどこでも、地表に達する太陽放射が減り、地上気温を下げる向きに働くだろう。しかし、雲・降水におよぼす効果や、大気の力学を通じた間接的効果は、地域によって違い、たとえば、中緯度の大陸上に異常高温をもたらす可能性や、どこかに降水不足をもたらす可能性もあるが、予測困難だし、実際に起きた変化のうちどれだけがエーロゾル散布の影響であるかを判別すること(event attribution)も困難だ。

ひとまず直接的効果だけ考えてみる。仮に、世界平均で、温室効果の強化による地球のエネルギー収入超過を、太陽放射の反射をふやすことによって打ち消そうとすると、緯度別・季節別には過不足が生じる。熱帯と、温帯の夏で、冷やしすぎになり、寒帯と、温帯の冬で、冷やしたりないことになる。エーロゾルの入れかたを緯度別に調整すれば、過不足を減らせるかもしれないが、同じだけの平均の冷却をもたらすのに必要なエーロゾルの量は多くなるだろう。エーロゾル散布量を、どの緯度でも冷やしすぎにならない程度にとどめるほうがよいという判断もありうるが、そうすると世界平均の温室効果強化を打ち消すことは部分的にしか達成できない。ともかく、もし直接的効果だけが重要で、どのような害を少なくしたいのかに関する人類の合意ができるならば、最適になるように設計することはできそうだ。しかし、地域ごとに違うだろう間接的効果まで考慮した最適設計は、少なくとも今後数十年のうちには(もしかすると永久に)、できないだろうと思う。

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話はいったんとんで、気象改変に移る。英語では weather modification、日本語では(「天気改変」ではなくて)「気象改変」ということが多いと思うが、ここでも英語と日本語のどちらをもとに考えるかによって意味の広がりに違いがある。

気象の改変といえば、まず、森林を農地や都市に変えることなどの土地被覆改変による、地表面に近い大気の、温度、乾湿、風速などの変化があげられる。そのうちには、防風林や「風の道」などの意図的改変もある。しかし、weather modification としては、このような地表面に近い大気の状態の改変を含めることは少なく、対流圏(地表から高さ10〜15kmくらいまで)全層におよぶような大気の状態の改変をさすことが多い。意図しないweather modificationとしては、スモッグなども含まれることがある。意図的なweather modificationとしてとりあげられるのは、ほぼ、「雲の種まき」(cloud seeding)による「人工降雨」(rain-making)にしぼられていると思う。

「雲の種まき」とは、すでに雲ができていることを前提として、雲の中で氷の結晶ができるきっかけになる物質(「氷晶核」)を供給することによって、まず雪ができる(気温が高ければそれがとけて雨になる)形で進む降水を促進しようとするものだ。氷晶核に適した物質としては、ヨウ化銀(AgI)とドライアイス(固体二酸化炭素)がよく知られている。この技術開発は1950-60年代にアメリカ合衆国などでさかんであり日本でも実験がおこなわれたが、その後、アメリカや日本ではすたれている。(最近も、ときどき基礎科学的な野外実験が行なわれることがあるし、東京都が小河内[おごうち]ダムの上流にヨウ化銀をまく装置を維持していて2013年に動かしたことがあるが。) 中国、タイなどでは今も国などの公共部門の事業として実施されている。

「雲の種まき」に効果があるかどうか検証することは困難だ。種まきを実施して、ある場所にある量の雨がふったという事実があるとして、もしそこで種まきをしなかったらその雨になった水蒸気がどこに行っていたはずであるか、あるいは、どこでどれだけの雨がふったはずであるかを、根拠をもって述べることができない。シミュレーションによって述べようとしても、その議論にたえる精密さをもつ初期条件を観測によって与えることがむずかしい。たくさんの事例の統計によって述べようとしても、どの事例とどの事例で同等な雲が出ていたとみなすかの判断がむずかしい。

むずかしいなりに検証を試みた研究はあるはずだが、わたしは追いかけていない。専門家による一般的な解説を読んだ印象として、わたしは次のように考えている。種まきは、雲から雨になる過程をいくらか速める効果はあるのだろう。もしそうだとすると、たとえば、雲がダム貯水池の上流域にあるあいだに(風下に流されて流域外に出る前に)雨にしてしまうことによって水資源確保に貢献するという応用はありうるのかもしれない。(ただし小河内ダム流域は小さすぎ、東京都全部くらいの面積の流域をもつダムで有効になるのだと思う。) また、あるときある場所を晴れさせるために、風上側に雨を落として雨雲を解消してしまうという応用もありうるのかもしれない。(2008年の北京オリンピックのときに実行されたと聞いているが、その事例で有効だったかどうかは知らない。) 大気中にある汚染物質を早く雨にまきこんで落とすという応用もありうるのかもしれない。(ただし実際にどこに落ちるかまでは制御できないだろう。1986年のチェルノブイリ原子力事故のときに実行されたと聞いているが、その結果、たまたま雨が降った場所に汚染が集中し、その他の場所の汚染が減ったと考えられる。)

かつて、人工降雨は、地域の水資源をふやす技術として期待されたようだ。降水・蒸発のサイクルを速めることが可能だと思われたのかもしれない。しかし、今の知識で考えると、これは望み薄だ。残念ながらわたしはしっかり根拠をあげることができず大まかに述べるだけになるが、人工降雨は空間規模数百kmの地域の降水の総量をほとんど変えず、その内の時間的・空間的分配を少し変えることができるだけだと思う。上に述べたように、地域内で、雨を人が使っていない場所から使っている場所にずらすことができれば、いくらかの有用性がある。しかし、使っている場所どうしのうちでA地区からB地区にずらす(あるいは意図せずしてずれる)ことは、A地区の人々に資源を奪われたという不満をもたらしたり、B地区に多すぎる雨による洪水被害をもたらしたりして、紛争のたねになるおそれもある。また、個別の種まきの効果の時間規模は1時間の桁だから、ひとつの季節にわたって水資源をもたらすためには、何十回も、雲の状況をにらんで臨機応変に種まきをくりかえす必要があるだろう。人工降雨が「天候」改変の技術になることは、ありえなくはないものの、けわしい道なのだ。「気候」改変まではさらに遠い。

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さて、今回新しく認識した構想は、次のようなことだ。

もし地球温暖化対策として成層圏にエーロゾルを入れることが許容されるならば、その技術を、ある(空間規模数百kmの)地域で猛暑になっているとき、その夏・その地域に集中的にエーロゾルを散布する、という形で使うことも考えられるだろう。

これはいわば「意図的天候改変」である。ただし英語で言おうとすると、climateでは2-3節で、weatherでは4節で述べた件と混ざってしまいそうで、表現にくふうが必要だ。

長期的な気候変化である地球温暖化の年ごとの進行よりも、天候年々変動の極端現象のほうが、気象変数で見ても、被害との関係でも、明確なので、気候改変よりも天候改変のほうが政治的意志決定がしやすいだろう。国際的合意を待たずに、一国の判断で実行してしまうこともあるかもしれない。エーロゾルは国境でとどまらず、その外にも影響を与えるから、合意なしに実行されることは、国際的紛争のたねになる可能性もある。他方、エーロゾルは世界に一様に広がるわけではなく、比較的には散布した地域に強い影響が出るだろう。もし遠方の効果が地球温暖化対策として設計された成層圏エーロゾル散布の場合と同様であることが示されれば、一国による実施も国際的に容認される可能性もあるだろう。

このような考えがあることは、わたしはこれまで知らなかったのだが、おそらく、すでに文章になったものがあるか、ちかぢか発表されると思うので、わたしの議論は、それを見てから続けたいと思う。

ともかく、意図的気候改変を考えるならば、「意図的天候改変」の可能性もあわせて考える必要がありそうだ。

Anthropocene (人類世、人新世) (2) 意図的気候改変(気候工学)との関連

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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[2016-02-06の記事「Anthropocene (人類世、人新世) という新概念の複数のとらえかた (1)」](以下「第1部」と呼ぶ)の続き。

意図的気候改変、いわゆる「気候工学」あるいは「ジオエンジニアリング」の話題を追いかけていると、それとのからみでAnthropoceneにふれた論述に出会う。そのうちには「これからの時代はAnthropoceneであり、人類が気候を制御する時代なのだ」というような論調で、意図的気候改変の必要性を主張しているものがあるようなのだ。

【明確にそう言っている文献をつかまえてその議論の組み立てを論評するべきだと思っているが、まだできていない。もしかすると、積極的にそれを主張している人がいるわけではなくて、反対する対象としてそういう主張を想定してみた人がいるだけなのかもしれない。きょうのところはひとまず、わたしなりに、だれかがそういう主張をするならばこのような論理構成だろうと推測したうえで、それを論評する。】

「気候」は「地球環境」の部分と考えられるので、ここからはおもに「地球環境」について述べることにするが、それを「気候」に置きかえても同じ論法が使えると思う。

次の2つは明らかに違う。

  • (a) 人間は地球環境を変化させることができる。(地球環境の状態にとって、人間は重要な影響の源である。)
  • (b) 人間は地球環境を思いどおりに制御することができる。(地球環境の状態にとって、人間は決定者である。)

第1部の記事で紹介した「時代はAnthropoceneになった」という主張は、Anthropoceneの具体的定義については論者の間でも違うかもしれないが、ともかく、この(a)が実現していることをさしている。

他方、この(b)が実現していないことは、たとえば「地球環境」を「グローバルな気候」に限定して考えれば、明らかだろう。

わたしにとっては(a)と(b)とは遠い。(a)が実現したからといって、(b)が実現する可能性はとても低いと思う。

しかし、世界には、(a)と(b)とは近いと考える人もいる。そういう人のうちに、「Anthropoceneとは(b)が実現している時代であり、現在はそれに向かう過渡期である」あるいは「...であるべきだ」と考えている人がいるようなのだ。さきほども述べたように、わたしはまだ具体的文献をおさえていないのだが、仮にそのような論者がいるとすると、その人のいうAnthropoceneは、第1部で論じられたAnthropoceneとは別の概念であり、同じ文中に出てくるならば用語を区別して論じなければならないものだと思う。わたしはAnthropoceneの意味は第1部で論じたものに限り(その範囲でも多重であるが)、この段落で仮定的に述べた概念を紹介するときは、たとえば「人為制御時代」のような別の表現を使いたい。

Anthropoceneの概念を広めたCrutzen (第1部の文献を参照)が、意図的気候改変(とくに成層圏エーロゾル注入による太陽光反射強化)に関する研究を提唱した人でもある(Crutzen, 2006)ので、Anthropoceneと意図的気候改変とが一体の思想であるように認識している人もいるようだ。二つの議論の発想に共通の根はあり、それに注目して議論することも有意義ではあると思う。しかし、Crutzenの立場では、Anthropoceneはすでに起こっていることであり、意図的気候改変はできれば使わないですませたい非常手段として考えたことなので、両者が直結していないことは明らかだと思う。

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上記の(a)はさらに、環境改変を意図しない行動によるもの(「意図しない環境改変」)と、環境改変を意図した行動によるもの(「意図的環境改変」)に分けたほうがよさそうだ。ただし、この区別も、考えてみると複雑だ。

動力を得るために化石燃料を利用した結果、地球温暖化が起こることは、意図しない環境改変の例と言える。(ただし、その因果関係が明らかになった以後は、いくらか意図的であるという見かたもできるかもしれない。そのあたりの判断は倫理的価値観によって違ってくるだろう。)

川をダムでせきとめることによって環境の一部である川の状態が変わることはどうだろうか。川の水をせきとめたいという意図があったことは明らかだ。(人間社会にとってのその動機は、水資源とか電力とかであり、環境改変自体ではないだろうが。) しかし、土砂がせきとめられることや、水中の生態系が変化することは、意図しない環境改変だろう。

成層圏にエーロゾルを注入することによって地上気温を下げようとすることは、意図的環境改変だ。ただし、それは上記(b)の「環境制御」の水準に達することがあるだろうか。世界平均地上気温などの少数の指標変数を意図どおりに制御することはできるかもしれない。しかし、地域ごとの気温や降水量の変化は、おそらく制御しきれないだろう。さらに、成層圏オゾンにもなんらかの影響があるだろうが、それは(意図的環境改変の副作用として起こる)意図しない環境改変だろう。

(地球温暖化対策の議論で「緩和策」に分類される)二酸化炭素排出削減は、意図しない環境改変の原因を、意図的に弱めることである。これと意図的環境改変とは区別できるだろうか。もし、原因と環境改変との関係が比例関係から遠くて(非線形性が強くて)、原因を弱めるとかえって環境改変が強まってしまう可能性もかなりあるならば、「原因の削減も意図的環境改変の一種にすぎない」という理屈がもっともかもしれない。しかし、二酸化炭素排出の場合は、簡単な比例関係ではないものの、「原因である排出を減らせば環境改変が弱まるだろう」と考える根拠があるので、意図的環境改変とは別の行動と考えることが合理的だと思う。地球温暖化対策の議論で、排出削減を「緩和策」、成層圏エーロゾル注入を「気候工学(ジオエンジニアリング)」という別の類として扱っている根拠はこのような考えにあると思う。

二酸化炭素回収隔離貯留は、環境のうち大気の部分に注目すれば、排出削減と同様に、意図しない環境改変の原因を、意図的に弱めることである。他方、二酸化炭素を持っていくさきの地下の環境に注目すれば、その場所の二酸化炭素がふえることは(人間にとっての目的ではないが)意図的環境改変であり、地中の生態系に起こる変化などは、(意図的環境改変の副作用として起こる)意図しない環境改変だろう。

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上記の(b)のような「人間が環境を制御する」ことを、今すぐにはできないとしても将来できれば望ましいこととして考える発想には、いくつかの違った思想的背景があるようだ。

ひとつは、人間と自然を対立するものととらえるとともに、人間の技術的能力の可能性を楽観的にとらえて、人間が自然を支配することや自然から与えられた制約を克服することが望ましいとする考えかただ。わたしは、子どものころにはこの考えに賛同していた(ような記憶がある)が、今はだいぶ違う考えになっている。

もうひとつは、キリスト教にある(ユダヤ教にも共通かどうかは未確認) stewardshipという考えかただ。わたしは、なん人かの人の著述で出会ったもののよく理解できていないのだが、およそ、「人類は、他の生物のために、世界を住みよい状態に維持する責任を負っている」というような考えだと認識している。

これに対して、人間が環境を制御することは、不可能にちがいないとする考えや、倫理的に正しくないとする考えもある。それが出てきやすい思想的背景をあげることもできるだろう。しかし、技術の発展に楽観的な人でも、キリスト教の人でも、こちらの考えをする人もいるようだ。思想の系列の議論は単純にはできそうもない。

ともかく世界には価値観の違いがある。しかし、価値観の違いをうまく認識できず、世界のみんなが自分と同様に考えていると思っていたり、違う考えはまちがいだと思っていたりする人が多いようだ。政策に関する議論をかみあわせる道は、価値観の違いを理解してそれにかみあう議論を組み立てるか、価値観をたなあげにして行動提起にしぼった合意を得ることをめざすか、なのだと思う。

文献 (第1部の文献としてあげたものは省略)

ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (3)

[2013-11-03の記事][2014-01-19の記事]の続き。

アメリカ合衆国科学アカデミー(NAS)の関連機関であるNational Research Council (略称はNRCだが原子力規制委員会でないことに注意。日本語表現は決まっていないようだが「全国研究評議会」とされていることがある)の委員会の報告書(2冊)が出た。まだ正式出版に至っていないが、印刷用割りつけ前で内容は完成らしいPDF版が、2015年2月10日からNational Academies Pressのウェブサイトに置かれている。わたしは別ブログに[読書メモ]を書いた。

ここでは、そこで使われた用語の件に限って、要点とわたしの考えをまとめておく。

この報告書を出した委員会の名まえには、"geoengineering climate" という表現がはいっている。これは、geoengineerという動詞が動名詞の形で使われており、その目的語がclimate、つまり「気候をgeoengineerすること」という表現にちがいない。これはイギリスの科学アカデミーに相当する組織であるRoyal Societyが2009年に出した報告書の題名の表現を(climateに定冠詞をつけるかどうかの違いはあるが)引き継いだものにちがいない。

しかし、この委員会で議論した結果、geoengineering (あるいはclimate engineering) という表現は、ここで問題となっている技術群にはふさわしくないということになった。"Engineer" という動詞は、対象となるものの性質がよくわかっていて、人がそれを制御できる能力をもっている状況で使うのがふさわしいのだ。ところが人の気候という対象に関する(科学的)理解はまだ不確かさが大きく、人が今から見通せる限りの将来にはそれを制御しきれそうもない。そこで、報告書の表題にはclimate intervention (気候への介入)という表現が使われている。

わたしは、自分でことばを選べる場合は「意図的気候改変」と言うことにしようと思う。しかしこれはひとつの熟語というよりも複数の語の連鎖でありつづけるだろう。ひとつのものごととして扱いたいときは、便宜上 (NRCと同様な疑問のほかに、[2013-11-03の記事]の終わり近くに書いた不満もあるのだが)、日本語では「気候工学」、英語でもclimate engineeringという表現を使うことにしようと思う。

しかし、NRCの報告書でもうひとつ強調されているのは、大気中の二酸化炭素を吸収することと、地球による太陽光の反射をふやすことは、性質が大きく違う技術だということだ。そこで、報告書は2冊に分けられた。今後は別々に議論する機会がふえることを期待しての判断にちがいない。

Royal Society (2009)の報告書で、geoengineeringを大別して、carbon dioxide removal (CDR二酸化炭素除去)と、solar radiation management (SRM太陽放射管理)とした。それ以来、この用語が事実上の標準として使われてきた。

CDRについては、[2014-01-19の記事]で紹介したBoucherほか(2014)は、二酸化炭素以外の温室効果気体を減らす技術的対策もありうることを指摘して、greenhouse gas removal (温室効果気体除去)のほうがよい、と論じた。しかし、今回のNRC報告書ではCDRという表現を引き継いでいる。二酸化炭素以外の温室効果気体を人工的に減らす技術はありうるのだが、見通せる限りの将来に温暖化対策のなかで量的に重要になる可能性はなさそうだという判断があるのだろう。

温暖化の「緩和策」のうちにも、排出削減策に加えて、二酸化炭素を吸収する技術的対策が含まれている。いわゆるジオエンジニアリングに含まれるCDRと、緩和策に含まれる吸収策との間に、原理的な境目はない。技術を重複なく分類したければ、むりやり境界線をひくしかない。今回のNRC報告書では、大気から吸収する場合はCDR、そのほか(燃料や燃焼排気など)から吸収する場合は緩和策、と分けた。しかしこの原則を認めても、具体的技術をどう分類するかは自明でなく、この報告書の分類でよいのか、わたしには必ずしも納得がいかない。おそらくこの状況は過渡的なもので、今後は、Boucherほかの言うように、緩和策に含まれてきたものも入れてCDR (Boucherほかの表現では「温室効果気体除去」だが)としてまとめることに変わっていくと思う。

SRMのほうについては、まず、内容として「太陽放射の反射をふやすこと」でないものの扱いが問題になる。「巻雲(対流圏の上層にできる雲)を減らす」という技術の提案があるのだが、これは、地球放射(熱赤外線)の収支を変えることをねらったものなのだ。温室効果を弱めること、と言ってもよいのだが、雲は「温室効果気体」ではないし、雲をつかまえてとじこめるわけでもないので、CDRの同類とみなすのも無理がある。どちらかといえばSRMに近い。幸か不幸か、巻雲に関する科学的知見の不確かさが大きく、この技術は太陽光を反射する提案よりもさらに実現に遠いと思われるので、報告書ではごく軽く扱われるだけだ。そこで、報告書のうち1冊の主題は太陽放射の反射をふやす技術とし、巻雲改変はそのついでに扱うことにした。

SRMということばの management (日本語ではふつう「管理」とされている)にも、engineeringと同様なことが言える。われわれは、地球が吸収する太陽放射の量を、期待どおりに制御する能力をもてそうもない。(全世界平均の量だけならば制御できるかもしれないが、緯度別、海陸別、季節別には、望ましくない変化が起こるだろう。) そこで、今回のNRC報告書では、本文中ではalbedo modification (アルベド改変)という表現を使っている。アルベドとは物体(この場合は地球)が受け取った太陽放射のうち反射される割合のことだ。また、報告書の表題ではreflecting sunlight (太陽光を反射する)という表現を使っている。なおLenton and Vaughan (2013)はsunlight reflectionという表現を使っている(ただし、同じ本の他の章にはSRMという表現が見られる。)

これを受けて、今後どういう表現を使ったらよいか、わたしは迷う。短縮表現がほしいのだが、AMは「午前」やラジオの「振幅変調」などを思ってしまうし、SRは「太陽放射」あるいは「短波放射」そのものだ。頭文字略語は3文字か4文字がよいと思う。当面わたしは、Mmodification (改変)の略である、と解釈しなおして、SRMを使い続けることにしようと思う。日本語では「太陽放射改変」となる。地球が太陽放射のうちどれだけを吸収してどれだけを反射するかを変えることをさす。太陽から地球にはいってくる放射の量が変わるわけではないので不適切な気がしないでもない。しかし、地表面の反射率を変える技術(大規模化は困難だとしてNRC報告書では簡単にかたづけられている)を例外とすれば、大気中のエーロゾルや雲を変える技術に関しては、地上に達する下向き太陽放射の量やそのうちの直達日射と散乱日射の割合が変わるので、この表現はふさわしいと思う。

文献

人為起源気候変化とその対策とくに気候工学の位置づけに関する根本的考察 (学会発表)

2014年4月28日から5月2日まで開かれた日本地球惑星科学連合 (http://www.jpgu.org/ )の2014年大会のセッション「M-ZZ45 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論http://www2.jpgu.org/meeting/2014/session/M-ZZ45.htmlで、予稿を[2014-02-12の記事]で紹介した発表をした。

(暫定的に)個人ウェブサイトの[このページ]に、プレゼンテーションファイルを画像の形で置いた。ただし、時間が限られたために説明していない(したがって批判を受ける機会もなかった)ページもある。その参考文献リストと、思い出せた範囲での質疑応答のメモものせた。

人為起源気候変化とその対策とくに気候工学の位置づけに関する根本的考察 (発表予稿)

2014年4月におこなわれる日本地球惑星科学連合(http://www.jpgu.org/)の大会の、科学論のセッション(M-ZZ45「地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論」)に、発表を申しこんだ。予稿をこの下につける。

「根本的」というほど考えは深まっていないのだけれど、根本的に考えたいという志向を示そうとしてこのような題目をつけてしまった。

予稿の内容は、地球温暖化の対策をいわゆる「気候工学 (geoengineering)」を含めて考えている人にとっては、あたりまえのことになってしまったと思う。これで研究発表とするのはとても気がひける。しかし、この内容は、世の中全体はもちろん、地球科学者のあいだでも、あたりまえになっていないと思う。研究発表という形でなくてもよいのだが、学会の場で話してみる価値はあると思うのだ。

これからさらに調べてオリジナルな研究にする方向としては、ひとつは、過去の人々の考えを確認して科学史の研究にすること、もうひとつは、気候工学に関するガバナンスについて問題になっていることをレビューして科学技術社会論の研究にすることが考えられる。どちらにしても、わたしは、たまたま気づいたいくつかの文献に目をとおしてその論点を紹介できるようにしておくことはできそうだが、その文献の選択が現在の時点でこの問題を論じる人にとって適切であるかの判断ができそうもないのが苦しいところだ。

===== 以下、予稿の内容 =====
地球温暖化あるいはanthropogenic climate change (人為起源の気候変化) と呼ばれる問題と、社会がそれに対処するのにどのような活動を必要とするかについて、考えの発達をふりかえり、根本的なところから組みたてなおしてみる。

ここでいう地球温暖化とは、人間の産業活動によって、大気中の二酸化炭素などの濃度が増加し、大気の温室効果を強化することによる、全球平均地表温度の上昇を特徴とする気候の変化である。これは海面上昇や乾湿の変化を伴い、人間社会に影響を与える。影響は、地域間や世代間で不公平に生じる。

1988 年のIPCC (気候変動に関する政府間パネル) 発足以来、地球温暖化の対策は、緩和策(mitigation) と適応策(adaptation)とに分けて論じられてきた。2013-14 年のIPCC 第5次評価報告書(AR5) では、気候工学(geoengineering、日本語表現は杉山昌広氏に従った) が加えられた。この3分類はこれまでの議論のいきさつを負ったものであり必ずしも合理的ではなく、組みかえも提案されている(たとえばBoucher ほか, 2014, WIRES Climate Change) が、ここではひとまずこれに従う。

人間社会は環境の制約を受けながら環境に適応して発達してきた。変動を含む気候も環境の部分であり、それへの適応は人間社会の基本的機能である。ただし、農業開始以来の人間社会は、第四紀の中でも変動が異常に小さい完新世の気候だけを経験しているという特殊性がある。また、近代の世界は、国境と土地所有権を明確にするようになり、しかも化石燃料利用を含む科学技術の発達によって人口がふえたので、かつてはふつうであった移住による適応が困難になっている。さらに、現代は、民族間平等や人道思想が普及し、多くの人が不慮の死をとげるような事態を避けたいという価値観が強まった。人間社会の適応は、生物の適者生存とは違った課題となっている。

20世紀なかばには、科学技術によって気候を人間社会につごうのよいように制御することへの期待もあった。しかし、気候に関する科学的知見が発達するにつれて、一方で、気候は複雑なシステムであり非線形性や観測困難による不確かさが大きいことがわかり、他方で、化石燃料燃焼による二酸化炭素排出が気候システムのエネルギー収支を偏らせる強制作用として重要であることがわかった。そこで、気候システムへの積極的介入ではなく、人間活動がすでに起こしている強制作用を弱めることによって気候変化を小さく食い止めるという消極的介入が、主要な対策として考えられるようになった。これが慣用的に地球温暖化の「緩和策」と呼ばれる。

緩和策の基本は化石燃料使用を減らすことであるが、経済発展に対してエネルギー資源があまりにも大きな役割を果たしているため、気候変動枠組条約締結(1992年) 以来20年を経ても、緩和策に関する国際的意志決定はあまり進んでいない。

そこで、技術的に気候を制御すること、つまり「気候工学」への期待がふたたび高まっている。ただし、その困難は依然として大きい。それには技術が未完成であることも含まれるが、効果と副作用および費用に関する知見の不確かさもある。

気候工学のすべてをカバーはしないが主要な分類として二酸化炭素除去(CDR) と太陽放射管理(SRM) がある。

CDR は、大気に対する強制作用を減らす効果については緩和策と同等だが、除去された二酸化炭素の行き先である地層、土壌、海などの環境を改変する。また、隔離が破れる事故の可能性もないとはいえない。どの程度の環境改変と事故を許容するかが、社会的意志決定の問題となる。ただし、陸上や領海で行なわれる場合は、国内の政策決定ですむかもしれない。

SRM は、温室効果強化を平均としては打ち消すことができても、緯度別・季節別の強制作用については、強めてしまうこともある。それが世界の各地域の気候におよぼす影響は、地域別の温暖化の予測と同等に困難である。しかも、意図的な行為であるから、損害が生じた場合の責任は重大なものになりうる。また、SRM のうちでも技術的実現可能性が高いと考えられる成層圏エーロゾル注入が継続運用された末に急に中止されたとすれば、約2年以内にSRM の効果は消え温暖化が急激に再開する。これは適応策に対してSRM を実施しない場合よりも深刻な困難をもたらしうる。したがって、SRM を政策オプションに含めるためには、技術的実現可能性のほかに、現在の気候変動枠組み条約よりもはるかに強力な国際的ガバナンス体制が必要である。